島早春賦Ⅰ

最後に島を訪ねてからすでに一年半ほどが過ぎた。この間は読者もご承知の事情で家を長く空けることができず、島を会場の一部として開催された「瀬戸内国際芸術祭2010」についても大いに興味があったけれど、とうとう会期中に島を訪れることはできなかったのである。 今週は、芸術祭も終わり常の静けさを取り戻した島を、久しぶりに訪ねてきました。
前日の午後に島に着き、翌日は一日かけて、島に居住する縁者の軽自動車を借り、島巡りを楽しみました。 芸術祭が終わって、幾つかの作品は撤去されましたが、空の粒子、島キッチン、Teshima sense<島の気配>、心臓音のアーカイブは常設展示されています。さらに、会期の終わり近くなってから開館した美術館があります。 それらの展示品や施設を巡りながら、同時に島から眺める海、見る場所で姿を変えて楽しませてくれる島の最高峰・壇山、ひと気の少ない集落のたたずまい、旅びとなればこそ、それらの一つひとつを楽しんで廻りました。


日陰には先日の雪が少し残っているものの、暖かい陽ざし、水仙やほころび始めた梅の花、春の兆しがみえる島で最初に向かったのは「美術館」です。

入場料1500円なりを支払いゲートを入りますと、小山を巡る遊歩道に案内されます。舗装された小道を進んでゆきますと、水滴をイメージしたという真っ白なドームに至るのです。ドームの中にはいると、柱のない空間には二つの穴が開いており外界とつながっていて、風も雨も雪も降り込んでくるのです。 ドーム内に展示作品などは何もなく、床を時々水滴が流れているだけなのです。 水滴は掘削された井戸から汲み上げた水が、床のあちらこちらに設けられた探さなければ見えない小さな穴からこぼれだし、ある程度の量が溜まれば微妙な勾配を付けられた床面を音もなく滑ってゆくのです。
ドームが作品であるだけでなく、床の水滴も、入り込む風も虫も開口部から眺める空も雲も、もちろん小道も林の木立も渾然一体として作品なのです。床に腰をおろして、しばし水の流れに見入るも佳し、溜まった水が流れ出すところで耳を澄ませば、水琴窟のごとき微かな音も聞こえてくるという、何という作品なのでしょうか。 芸術なかでも現代アートを文字で説明するのはとても難しいことですが、この作品を説明するのはとても無理なことです。 現地を訪れて体感して頂く以外にないと言えましょう。
右側が作品ドームで、左側は付属する喫茶です。

木立のなかの遊歩道を進むと、白いドームが見えてきます。

ドームの前には小鳥が遊んでいました。恐竜の卵を見上げる小鳥の風情。

館内の撮影は禁止されていますから、館内の様子はお見せできませんが、隣接するドーム喫茶の内部をお見せします。 喫茶の円形天窓はガラスが填っていますが、そこから覗く外界は雲が流れ、木々が風に揺れています。

館内は土足禁止で、靴下のまま、もしくは貸し出される室内履きに履き替えます。撥水加工された館内の床は、夏ならば裸足も気持ち佳いでしょうが、冬季はさすがに床が冷たくて長くは居られませんから、室内履き貸し出しは助かります。

美術館の前から眺める棚田の風景。棚田は荒廃していた農地を整備復旧したものですが、長いこと耕作放棄されていた区画が多いので、水漏れが激しくて稲を植え付ける耕地はまだ半分にも満たないようです。

昨年の秋に完成したばかりの施設ですし、冬枯れの中にありますから、まだまだ風景に馴染まない感じは拭えませんが、時の経過とともに緑濃くなれば、木立や芝の中にとけ込んでゆき、とても佳いものになるだろうと思わされます。 島の居住者は入館無料といいますから、折々に立ち寄ってしばし瞑想にでもふければ、とても佳い時間を持てるのだろうと思います。 晴れや曇りの日だけでなく、風の日、雨の日、雪の日にこそ訪ねたい場所と思いました。 《そうは申しましても、日々の暮らしに忙しい縁者は、まだ数度しか訪ねていないと言っておりました。 たとえ月に一度でも、贅沢な時間を過ごせていると茫猿は思うのですが。》
入館料1500円については高い安い、それぞれの評価が有るでしょう。 例えば倉敷の大原美術館入館料1000円と比較すれば高いといえます。 それでも心豊かな空間を独り占めできるとすれば、とても安いともいえます。 経済的なことをいえば、離島でこの種の施設を維持する経費を考えれば、とても安いといえるでしょう。

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