戦略と戦術

今年の六月以来、鑑定協会理事会や協会委員会に関わるようになってから、ずっと感じている違和感がある。 それは戦略と戦術を取り違えているのではないかということである。
戦略(strategy)とは、戦場に至るまでの計画を云い、政治的なものである。転じて総合的基本計画や到達目標を指す。これに対して戦術(Tactics)は、戦略の下位に位置する用語である。前項との対比でいえば戦場における作戦計画と云えよう。 将軍の計画と前線指揮官の計画と云ってもよかろう。
茫猿は、戦略とは到達目標を定めて、それに至るロードマップであり人的資源や資産の配分計画と考えている。 戦術とは具体的技術的な個別計画と考えている。今、鑑定協会が直面している問題で云えば、常務理事会が定める到達目標と骨太方針が戦略であり、それを受けた所掌委員会の具体的計画が戦術といえると考える。 当然のことであるが、所掌委員会でも戦略目標と個別戦術の区別があるだろうし、区別して然るべきと考えている。


戦略目標と戦術目標は自ずと異なるモノである。似て非なるモノと云ってもよいであろう。しかし、往々にして取り違えられるし、時に混同されたり混在させたりするのである。 もちろんのことであるが、戦略と戦術の区分が難しい場合もあるし、区分の必要がない場合も意図的に混在させた場合がよい場合もあるだろう。 いずれにしても指揮官は、この両者を常に意識しているべきであろうと考える。そうでなければ、現場は混乱したり間違えたりするだろうと思うのである。
『鄙からの発信』はかねてから不動産鑑定士に不可欠なものとして、3Sを述べてきた。
・市場と情報に対するセンサー【Sensor】が鋭敏であること。
・あふれる情報を取捨選択できる柔軟で豊かなセンス【Sense】を持つこと。
・専門家としての矜持を胸に、筋目を糺すスピリット【Spirit】を持つこと。
依頼者プレッシャー(Client Influence Problem )問題が突き付けられている今以上に、鑑定士と鑑定評価に対する社会の信頼感を低下させている今以上に、この3Sが必要な時が来るとは思えないのである。 新スキーム改善問題(鑑定評価の基盤資料に関わる問題)が発生している今こそ、3Sが必要な時はなかろうと考えるのである。
Client Influence Problem とは「顧客の影響」という意味である。不動産鑑定評価を依頼する顧客から示される不適切な示唆、希望、時に強い要請が引き起こす諸問題というような意味であろう。
依頼者プレッシャー問題と新スキーム改善問題は、一見すれば全く異なる課題のように見えるだろうが、実はその底流には同じ戦略目標が潜んでいるといえるのである。 それは不動産鑑定評価並びに不動産鑑定士への信頼を回復し向上させることにあり、不動産鑑定士の社会的プレゼンス(存在感)を今以上に充実させ向上させることにある。
その戦略目標を達成するために、どのような戦術を採用したらよいのか、具体的作戦計画をどのように立てたらよいのかが肝心なことと考えるのである。
ここまで書いてきて、何か訳のわからない韜晦を書いているような気がしてきた。茫猿自身が戦略と戦術の混同をしているような感もある。 たぶん、茫猿が感じている違和感は、指揮者集団が何を目標としているのか理解できないことに起因するのであろう。 そう言えば、彼らは到達目標を語るであろうし、語ることができるのであろう。でも語らないのである。ボトムアップを待つ姿勢から抜け出さないのである。 ボトムアップを待つと云えば聞こえが良かろうが、その実、語るべき戦略目標も戦術計画も持ち合わせないのではなかろうかと思えてしまうのである。
『鄙からの発信』では、新スキームに様々な問題が存在していることをかねてから指摘してきた。 解決すべき課題は制度発足当初から存在し、時に指摘され、だからこそ資料管理規程や取扱基準を努力規定とはいえ整備してきたのであろう。
依頼者プレッシャー問題とて同様である。 依頼者から報酬を得て、依頼者の意向などにかかわらず価格の適正な在り処を示す作業を行うのが不動産鑑定評価である。報酬を得て依頼者の意に添わない判定も行うのが鑑定評価なのである。 だからこそ、鑑定評価制度発足以来、依頼者プレッシャー問題も存在し続けてきたのである。
この問題が存在することを社会が認識したのは、「08/09/05付けの金融庁行政処分」からであろうと茫猿は考えている。 《金融庁行政処分公表 (2008年9月 6日》
鑑定協会はこの問題に関して08/09付け会長談話を、協会サイトに公表している。談話の過半は会員向けの注意喚起や「鑑定評価基準並びに留意事項」の遵守要請であり、インターネットサイトに公表する談話の性格、つまり社会への発信という観点からすれば、物足らないのである。 そしてそのまま、現在に至ったと言ってよいのであろう、だからこそ「Client Influence Problem (2010年8月15日)」が発生したのだとも云うこともできるだろう。
かねてから指摘され続けてきた両問題について、不作為あるいは無作為を続けてきた結果が今日なのである。とすれば、今こそ改めて戦略計画を立て戦術を駆使して、問題解決に当たらなければならないと考えるのである。 時間は限られているし、人的資源も財政的余裕も乏しい現実は承知しているが、であればこそ人と資金の集中が必要なのであり、優先順位の明確化が必要なのであろうと考える。 それが政治なのであり戦略なのだと言うのである。
茫猿が「政治は結果 (2011年8月26日)」というのは、まさにこのことなのである。 この記事云わんとすることは、なにも協会指導者や執行部を一方的に責めているのではない。不動産鑑定協会会員のひとりひとりが、自らの【Sensor】と【Sense】と【Spirit】で、自らの戦略と戦術を考えてほしいのである。それこそが専門職業家集団というモノであろう。
茫猿は愚かしくも哀しくも「井戸蛙から茹で蛙へ」言いました。少なからぬ会員の無関心さを、無気力を、無責任を嘆いています。 だから「蟷螂の斧 (2011年9月 6日)」と云わざるを得ないのです。とても哀しいことです。

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