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	古稀の手習い へのコメント	</title>
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	<description>茫猿の日残りて昏るるに未だ些か遠し日々を綴る「茫猿・残日録」</description>
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		Nobuo Morishima より		</title>
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		<dc:creator><![CDATA[Nobuo Morishima]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 15 Mar 2012 18:57:41 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[本記事をアップして数日後に、サイト支援者からこんなe.Mailが届きました。
「人が週末を潰して設定したモノに対して、あんまりじゃないですか？
明るい諧謔と、度を過ぎた当てこすりは違います。わきまえてください。
久しぶりに、非常に不愉快な思いをしました。」

つい数日前に、私より七歳年長の縁者が末期癌で余命幾ばくも無いと聞かされました。
彼をどう見舞ったらよいのかと、考え倦ねています。
『あと半年か　それとも一年か
　そのあいだに　あなたの妻や息子や嫁や孫たちに、
　佳い思い出を遺してあげて下さい。
　その為に残されているであろう時間を、上手く使い切って下さい。　
　私が母や父と過ごした一年間を振り返ると、しみじみそう思います。』

　このように考えていると、彼に言うだけでなく、
実は私自身がそうあらねばならない年齢に近づきつつあるのだと、思います。
　白秋を過ぎ玄冬に入りつつある自らこそが、周りの人たちに佳い思い出を
遺してゆくのが余命というモノなのであろうと、思っています。

　さはさりながら、相も変わらず、皆の心を逆撫でしている
　自分というモノは　つくづく度し難い奴よと　自戒するのです。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>本記事をアップして数日後に、サイト支援者からこんなe.Mailが届きました。<br />
「人が週末を潰して設定したモノに対して、あんまりじゃないですか？<br />
明るい諧謔と、度を過ぎた当てこすりは違います。わきまえてください。<br />
久しぶりに、非常に不愉快な思いをしました。」</p>
<p>つい数日前に、私より七歳年長の縁者が末期癌で余命幾ばくも無いと聞かされました。<br />
彼をどう見舞ったらよいのかと、考え倦ねています。<br />
『あと半年か　それとも一年か<br />
　そのあいだに　あなたの妻や息子や嫁や孫たちに、<br />
　佳い思い出を遺してあげて下さい。<br />
　その為に残されているであろう時間を、上手く使い切って下さい。　<br />
　私が母や父と過ごした一年間を振り返ると、しみじみそう思います。』</p>
<p>　このように考えていると、彼に言うだけでなく、<br />
実は私自身がそうあらねばならない年齢に近づきつつあるのだと、思います。<br />
　白秋を過ぎ玄冬に入りつつある自らこそが、周りの人たちに佳い思い出を<br />
遺してゆくのが余命というモノなのであろうと、思っています。</p>
<p>　さはさりながら、相も変わらず、皆の心を逆撫でしている<br />
　自分というモノは　つくづく度し難い奴よと　自戒するのです。</p>
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