鑑定評価のパラダイム転換-Ⅳ

登記、取引情報を集約する新不動産情報システム」の構築が、鑑定評価に及ぼす影響を考えてゆく上で、2006年から国交省が施行中の不動産取引価格情報提供制度の経緯について振り返ってみたい。 その経緯のなかに、不動産鑑定業界が今後の進まなければならない道が見えてくると考える。 終わったことを今さらに言い立てて何になるとお考えの方もいるでしょう。 しかし、過去を振り返り検証することにより、何処で間違ったのか、何故誤ったのかが見えてくるわけで、そこから新しい展開が始まると考えるのです。 《古い冗句ですが、猿も反省するのです。》

《鑑定業界の多数が考えたこと》
取引価格情報提供制度《業界では新スキームと呼称する》の施行が公式に検討され始めた2004年当時、鑑定協会は同制度の実施に際して属性情報の調査を国交省から依頼されていた。 それから全鑑定協会会員による取引事例の閲覧制度が開始された2012年に至るまで多くの業界人が主張したことを振り返る。 それらの主張の多くは今も牢固として続いている。
・鑑定士は取引価格照会アンケート郵送費を負担している。
・取引事例の属性データ収集には多額の経費を負担している。
・だから、相応の調査経費の支給を国交省に要求すべきである。
・取引事例は各都道府県鑑定士協会のものである。
・少なくとも属性に係わる著作権を国交省に認めさせるべきである。
・他の都道府県士協会会員に事例資料を開放すれば、低廉粗悪な鑑定評価が蔓延する。
・全面的なオンライン閲覧は情報の漏洩や非正規利用を招くから認められない。

《それら主張に対して、国交省所管課が考えること》
取引価格情報提供制度は地価公示スキームのなかで、地価公示評価員を委嘱された不動産鑑定士に、公示業務の一環として、取引事例の属性調査を《オンラインにて》依頼するものである。 したがってオンライン納付された調査結果は、地価公示成果物の一部であり、鑑定士に所有権も著作権も認められない。
地価公示スキームのなかでの属性調査であるから、調査結果を地価公示評価に利用するのは当然のことであるが、その後、地価公示由来資料を一般鑑定評価等に再利用することは公式には認められないが、従前の経緯・慣行を継承するモノとして理解する。 調査諸経費についても、地価公示委嘱契約のなかで事例調査を含めて《アンケート郵送費も含めて》地価公示評価報酬として支払われるものであり、別段の支払い要求は認められない。

国交省の見解は、業界や士協会・鑑定協会の主張・要求をほぼ全否定するものであり、事例データを地価公示以外に再利用する慣習について、茫猿が「ガラスのスキーム」という所以である。 以上の国交省見解は、公式には表明されていないが、2011年以降の新スキーム特別委、理事会等における関係役員の発言並びに、国交省担当者及び国交省周辺関係者に茫猿が独自取材した結果である。 なお一連の行為は行政行為であり、行政庁の裁量が大きく係わるものであることからも「ガラスのスキーム」とする所以なのである。

であればこそ、当時から現在に至るまで、『鄙からの発信』が提唱してきた基本姿勢は、行政庁が指向する変化を想定して、「A案実現を前提にして、考えよう。」である。 このサイトだけでなく、新スキーム特別委員会や理事会においても同様の提唱・提案を行っていた。 ただ、多くの会員の主張と茫猿の提唱はあまりにも懸け離れていたから、過激と見られる主張を避けて漸進主義をとっていたのである。 「近い将来に、A案が再び浮上するであろうという茫猿の意見は、理解をほとんど得られなかった。

A案とは、不動産取引価格情報制度の実施に際し、情報のウエブ公開・提供法法について、A案:個別情報の提供、B案:物件の所在等詳細情報を隠して提供、C案:価格帯毎の件数情報の提供、以上三案が検討された結果、B案が採用された。 しかし、国交省が目標とするのはA案の実施であり、その考えが「登記、取引情報を集約する新不動産情報システム」の構築に継続反映している。

多くの鑑定士の主張に配慮できる点があるとすれば、長い地価公示の歴史のなかで「取引事例収集作業とその成果」は、その多くが鑑定士(地価公示評価員)の努力の賜物であった。 より精度の高い、より新しく、より数多くの取引事例を収集する為に、地価公示が始まった1970年当時から鑑定士は営々と努力を積み重ね、より効果的な収集方法を模索してきたのである。 地価公示由来資料は公示業務の納品成果物であるという認識は共有されていたが、取引事例の原始データは自らが発掘した資料であるという認識も広く共有されていた。

そんななかで、鑑定協会に資料管理規程等が整備されるとともに、士協会における地価公示由来取引事例の囲い込みが進められ、士協会事務局を閲覧場所とし、鑑定協会会員に限定して取引事例を閲覧に供する業務は、多額の閲覧料収入を生み出すようになっていった。 その閲覧料収入の相当部分は士協会財政を支える大きな財源でもあった。

《事例管理に係わる喧噪》
新スキーム問題を考える上で、原点とも言えるのは「土地情報ワーキンググループ 中間とりまとめ -今後の土地情報政策のあり方-」である。(2003/07/30 国土審議会土地政策分科会企画部会の下に設置された土地情報ワーキンググループ において土地情報の提供に関する今後のあり方について審議が行われ、2003年6月に中間とりまとめが公表)

しかし、鑑定業界は時代に逆行するが如く、取引事例を士協会毎に囲い込み、紙情報として管理し、士協会事務局にて閲覧に供し、多額の閲覧収入を確保していたのである。 ところが、個人情報保護法の施行及び浸透とともに、情報の安全管理と地価公示由来情報の共同利用に係わる透明性確保が求められるようになった。

2011年6月1日に公表された不動産鑑定業将来ビジョン研究会報告書のⅢ-(3)に明らかにされた『取引事例を始めとする個人情報の安全管理について、データの取扱い可能な範囲を明確にする必要がある。その際、地価公示の鑑定評価員が事例作成のコストの多くを負担しているという観点から、鑑定業界の中での適正なコスト回収策として透明性の確保された閲覧制度等を構築し推進していくことがポイントとなる。』が、その後の喧噪の始まりであった。 都合三年にわたる侃々諤々議論の結果を受けて構築され、現在に至っているのが「地価公示由来事例に関わる閲覧制度」である。 社会の流れ(国交省の目指すもの)がA案実現であるのに、鑑定業界は取引情報を《取引価格情報のみに》限定的にとらえ、閉鎖的管理並びに会員による利活用を墨守しようとしたのである。
侃々諤々の議論の結果、不動産取引価格情報提供制度に由来する取引事例の閲覧は2013年7月から連合会主体による新たな閲覧体制に移行した。 業界は原始情報にも広義の取引情報(価格を伴わない取引情報)にも無関心であり、ひたすら地価公示由来事例情報の囲い込みに汲々とするのである。 それは新スキーム事例管理の改善後も、オンライン閲覧の拡大を排し、士協会事務局での閲覧も予約制や入室制限を設けるなどの行為に現れていると同時に、閲覧料の相当部分を士協会財政補助金などとしている。 《何処で間違えたか

このようにして、鑑定業界が「取引情報のごく一部であり、しかも鮮度が落ちた情報である『地価公示由来事例』の閉鎖的管理及び閲覧料確保」に拘っているあいだに、不動産業界と国交省は「登記、取引情報を集約する新不動産情報システム」の構築へと向かったのである。 地価公示由来事例に拘ることは「木を見て森を見ない」典型であろうと考えるのである。 《これらの経緯は、『鄙からの発信』記事を「新スキーム   改善」で検索すれば、一連の記事がリストアップできる。》

鑑定業界が事例管理と閲覧について、自らの既得権益を守ろうと小手先の改善に終始しているあいだに、国交省と不動産業界は市場のさらなる透明化を目指して「登記、取引情報を集約する新不動産情報システム」の構築を進めているのが現状である。 それら新しい不動産情報システムの構築と運用に関して、鑑定業界は傍観者で居るようにみえて、その実は蚊帳の外におかれているのでなければ幸いである。

《参考資料》
※REINS(レインズ)   ※REINS Market Information

2010.10.18 不動産鑑定・地価公示の社会的意義-不動産鑑定士の社会的使命は終わったのか(不動産鑑定,2010年12月号,清水千弘氏)

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