No.3000・契約と競争-1

(公社)日本不動産鑑定士協会連合会では「不動産鑑定契約のあり方に関するプロジェクト・チーム」における提言を公式見解「不動産鑑定契約のあり方(受任者選定方式等)に関する基本的見解」として、その抜粋を 2018年6月19日 ホームページに公表しました。

不動産鑑定契約のあり方(受任者選定方式等)に関する基本的見解」(抜粋)ひと言で言えば「不動産鑑定評価の依頼にあたっては、価格(報酬)に重点を置いた鑑定評価の受任者選定はなじまず、種々の問題が生じている、あるいは生じる可能性が極めて高いため、適切な受任者を選定できるような契約方式とすべきである」という見解です。《公社日本不動産鑑定士協会連合会・公式FBより抜粋》


詳細は基本的見解(抜粋)を読んでいただきたいが、概略以下の内容である。連合会サイトによれば見解をまとめたプロジェクトチームは以下の通りである。着目しておきたいのは、オブザーバーに国交省地価調査課長他が参加されていることである。

(一)不動産鑑定契約のあり方(受任者選定方式等)に関する基本的見解
「当連合会は、下記委員から構成される不動産鑑定契約のあり方に関するプロジェクト・チームより受けた標記の提言を公式見解として、その抜粋を公表します。
プロジェクト・チーム委員等
(座長) 大橋弘  東京大学大学院経済学研究科教授
(委員) 富田裕  TMI総合法律事務所 弁護士 一級建築士
熊倉隆治 公益社団法人日本不動産鑑定士協会連合会会長
その他連合会役員等
(オブザーバー)
古川陽  国土交通省 土地建設産業局 地価調査課長
池田公隆 国土交通省 土地建設産業局 地価調査企画調整官 」
(以上、連合会HPより引用)

不動産鑑定評価の依頼に際しては、かねてから言われている通り、価格(報酬)競争による鑑定評価の受任者選定は不動産鑑定評価業務の特性からしてなじまないものであり、種々の問題が生じているあるいは生じる可能性が極めて高いため、適切な受任者を選定できるような契約方式とすべきであるとし、以下の項目について縷々述べている。
Ⅰ. 不動産鑑定評価業務の性質
Ⅱ. 鑑定評価受任者選定の問題点
Ⅲ. 適切な受任者を選定するためにあるべき契約方式
Ⅳ. 鑑定評価の質を確保するための不動産鑑定士自身の役割と事後的なチェックの強化その他公益社団法人日本不動産鑑定士協会連合会等で検討すべき方策

いずれの項目も尤もな事柄ばかりである。
Ⅰ. 不動産鑑定評価業務の性質
不動産鑑定評価は案件毎のその都度受託生産(受注後評価作業開始)である。事前に作り置きもできなければ、過去の発行評価書の使い回しもできない。極めて個別的、専門的、そして単発的な業務である。業務に着手して始めて思わぬ難易度に遭遇する場合だってある。依頼者との継続顧問契約が馴染み易い税務会計業務や法務顧問業務との相違点がここに存在する。

なお、民間法人や個人とのあいだには、不動産業務に関わる顧問契約や顧問類似契約を結ぶ場合やそれに近い関係にある場合も存在するが、基本的見解が対象とする「国、地方公共団体が依 頼する、公共事業用地の取得、公有地の売却等のための鑑定評価」については、顧問契約的類似行為は凡そ存在しない。

Ⅱ. 鑑定評価受任者選定の問題点
価格(報酬)に重点を置いた鑑定評価受任者選定が今後も継続すれば、不動産鑑定事務所は不動産鑑定評価行為のコスト競争に走り、当然のこととして評価業務の資質向上に意を用いることは少なくなるであろう。グレシャムの法則が働くであろうと当然のごとく予測される。それはそのまま、悪貨が良貨を駆逐して不動産鑑定評価業界全体の資質の低下を招くことであろう。

基本的見解(抜粋)は鑑定評価業務の担い手の質の低下を懸念しているが、現実はグレシャムの法則が蔓延しているといってよいであろう。市区町村が発注する固定資産税標準宅地評価に競争入札や見積合わせが採用されるようになって久しい。国や地方公共団体が発注する公共事業用地取得評価においても競争入札や見積合わせが蔓延していると聞く。

そこでは不動産鑑定評価の質的な検討が事前にも事後にも行われることはなく、鑑定評価報酬(金額)の多寡のみを指標として鑑定業者選定が行われている。グレシャムの法則が働けば働くほど、鑑定評価の質の低下が生じ、その鑑定評価書を参考とした国、地方公共団体の不動産売買価格等の信頼性や説明力に影響が生じかねないと基本的見解は云うのである。

基本的見解本文は、一般(指名)競争入札や少額随契(オープンカウンター方式等)にみられる価格(報 酬)に重点を置いた鑑定評価受任者選定がなされた場合に指摘される問題点をいくつか列挙している。そこに例示されている「およそ不当不動産鑑定ともいえる事案」は論外であるにしても、以下の 問題点が指摘される。

全体的に価格競争による報酬(収入)の低下と不動産鑑定評価の質の低下が引き起こされれば、地価公示、固定資産税標準宅地評価に代表される公的評価の担い手である不動産鑑定士の劣化ならびに新規要員の補充供給が阻害されることであろう。既に公示評価員の高齢化と新規参入の乏しさが懸念されている。《地価公示評価員は長く70歳が定年であったが、継続応募であれば75歳まで認められる場合もあるようになった》

同時にこのことは、地価公示に並行して遂行されている「不動産の取引価格情報提供制度」の円滑な遂行も懸念される。地方圏域に多く見られる官公庁発注業務に傾斜している不動産鑑定事務所にしてみれば、業務受託機会の喪失や業務報酬額の低下は死活問題であり、同時に取引価格情報提供制度により生み出される取引事例の利用機会が遍在することは容認し難いことである。

地価公示取引事例のオンライン開示に根強い反対が今も存在しているのは、「この事例作成者と事例利用者が乖離してしまう・・私作る人、あなた使う人」という問題に集約できるのである。これらの問題は「不動産の取引価格情報提供制度」の円滑な遂行を阻害しかねない最も喫緊の課題であろう。

Ⅲ. 適切な受任者を選定するためにあるべき契約方式
基本的見解が述べていることに異論はない。お説の通りである。問題は国及び地方公共団体等の不動産鑑定依頼者がⅢ項に提示する各項目を了として受任者選定に際して採用していただけるか否かである。その観点からは次の第Ⅳ項がとても重要であるが、第Ⅳ項について、連合会HPは項目の表示だけで、具体的方策は何も記されていない。

HPの公開告示の末尾には「※全文については、各都道府県不動産鑑定士協会にお問い合わせください。」とあるから、地元士協会事務局へ問い合わせ、その回答待ちである。

この季節の花は紫陽花である。紫陽花の花言葉は「移り気」「心変わり」である。

  

(二)類似資格における地方公共団体等との業務委任契約
弁護士・税理士・公認会計士等の類似資格における国・地方公共団体等との業務委任契約を調べてみると「地方公共団体外部監査人・選任制度」がある。地方公共団体外部監査制度とは、都道府県や市町村などの地方公共団体が行っている事務を、地方公共団体の組織に属していない外部の専門家(=外部監査人)が監査することをいう。この外部監査人になれるのは、税理士、弁護士、公認会計士、公務精通者などである。

現行の地方公共団体の監査機能について – 総務省 によれば、外部監査契約の締結について、以下のごとく示している。《監査人報酬と競争入札等については何も記されていない。職務の専門性等からして報酬競争入札などに馴染まないことは明らかであるから、何もふれられていないとも受け取れる。》

○ 都道府県・指定都市・中核市の長は、毎会計年度、包括外部監査契約を速やかに一の者と締結。※ 連続して4回、同一の者と契約を締結してはならない。
○ 契約の締結に当たっては、あらかじめ監査委員の意見を聴くとともに、議会の議決を経なければならない。《参照、日本税理士会連合会HP・地方公共団体外部監査制度》

《この記事、No.3000である。1999/03のサイト創設以来19年と三ヶ月、月毎に年毎に記事数の多少はあるけれど平均すれば毎年150本前後を書き散らしてきた結果が、塵も積もれば山となったわけである。3000号を記念する記事は何をテーマにするかと思い悩んでいたが、折しも不動産鑑定契約のあり方(受任者選定方式等)に関する基本的見解が連合会から公表されたことから、不動産鑑定評価にまつわる永遠のテーマである「契約と競争」を記念号テーマに採用するのである。

退隠の身で、今さら此のようなテーマを記事にするついては内心忸怩たるものもある。でも吠えつづけた「鄙からの発信」3000回だから許されようと臆面もなく記事掲載するのである。また何処まで書くか言うかについても悩ましいことである。退隠して八年が過ぎ喜寿もそんなに遠くない齢になっているのだから、柔らかに当たり障りなく書こうかとも思う。だけど、今さらおさまっていて何になる、書きたいことは書き言いたいことは言うべきであろう、”疚しき沈黙”に陥っていてはなるまいと考えるのである。それもこれも年寄りの冷や水、茫猿の遠吠えなのであろうが。》

No.3002・契約と競争-2   )

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No.3000・契約と競争-1 への2件のフィードバック

  1. そばの横好き のコメント:

    遅ればせながら、No3000、到達おめでとうございます。
    >1999/02のサイト創設以来20年近く・・・
    まさに継続は力なりを地で行く姿に感銘を受けました。

    私も今年還暦となり、新たな環境に身を置いています。
    HPもトップページへのアクセスが100万を突破しました。

    これからも「書きたいことは書き言いたいことは言う」姿勢を貫いて下さい。
    期待しています。

    • Nobuo Morishima のコメント:

      こちらこそ、お礼が遅くなりました。
      「そばの横好き」様という懐かしいWEB名に出会い、嬉しく存じております。
      小生は加齢とともに行動範囲も狭くなり、新しい蕎麦屋を訪ね歩くこともママならなくなりました。貴兄は益々ご活躍の様子、サイトを楽しく拝見しております。今後とも全国のそば店を尋ね歩いてください。

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