鑑定業界という情報処理加工業に位置付け得る業界におけるインターネットの役割とか、デジタル化時代における情報というものをどのように考えるかと思いを巡らしていて、古い記事を読み直してみた。 情報というものは限りなく代価の低廉化が進み、公開と共有が進んでゆくのだと改めて思っている。 公開と共有が限りなく進んでゆくのが避けられない必然なのだと受けとめることから、何を為すべきかが見えてくるのであろうと思える。 十二年も前の生硬い文章であり、今とは背景が随分と異なるけれど、本質的な課題は何も変わってはいないのだと読み返した。
「軛の消滅と革袋の溶解 -1」
「軛の消滅と革袋の溶解 -2」
「軛の消滅と革袋の溶解 -3」
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