弔鐘でなければ・・・・

 8月20日を皮切りに全国三千名余の会員が参加する鑑定協会特別研修会が始まりました。
 留意事項等の取りまとめに、集中審議をされたであろう法務鑑定委員会他の会員諸兄姉や、講師を務められた会員諸兄姉の御盡力に、まずは敬意と感謝の意を表します。


さて、特別研修会のテーマは次の三項である。
1.「販売用不動産等の強制評価減の要否の判断」に関する不動産の鑑定評価上の留意事項等について(いわゆる時価評価関連)。
2.不動産の証券化並びに資産流動化法及び投信法関連評価の留意事項について。
3.民事再生法に係る不動産鑑定評価の留意事項について。
 1.時価評価に関連する鑑定評価については、求める価格の種類が正常価格であり、特に疑問はありません。しかし、「販売用不動産等の強制評価減の要否の判断」に関する意見の運用方針については、大きな疑問が残るのです。 (浅薄な理解による誤解なのかもしれませんが。)
 監査委員会報告第69号は、土地の時価としては鑑定評価額が適切と表明しているが、公示価格、地価調査価格、相続税路線価、固定資産税評価額等も妥当と考えており、さらに取引事例から比準した価格もある程度客観性を備えた価格と考えている。
 同時に、監査人は、会社が実施した評価が当該販売用不動産等の実態に応じて合理的であるか否かを検討する必要があると云う。 そして、会社にとって重要な販売用不動産等の評価については、その監査に当たり、不動産鑑定士等専門家の意見を求めることが適切と考えている。
 さてそこで、「鑑定評価に至るほど精密な成果物を要求するものではない」、「価格表示を伴わない不動産鑑定士の意見であり」、「原則として実査を行わず、監査人及び会社からの提示資料のみに基づいて作成される」、「財務諸表における不動産評価の必要場面、その意義、国民経済的な観点等」等々の運用指針に基づくものであるとはいえ、発行される意見書は、会社が行う時価評価の精度管理・検証といえるものであり、お墨付きを与えるものとなるのではなかろうか。
 トヨタ自動車と朝日航洋と三友システムアプライザルの三社が共同で、資本金1億8千万円の新会社「タス」を設立し、主に金融機関向けのインターネット不動産価格情報提供サービスを行うというが、その提供情報によるところの会社側時価評価の追認意見書を作成する羽目に陥らなければ幸いであるし、それが杞憂であることを願っています。
 報酬的にも鑑定評価報酬は云うに及ばず、世上に云う簡易評価の報酬にも遠く及ばないのではなかろうか。茫猿は意見書作成報酬の多寡を問題にしているのではない。報酬のことも勿論、軽視はできない。
 しかし、鑑定評価を依頼することは企業の財務上からして困難であるが、鑑定士が時価評価に関与することが社会の要請であるとするならば、積極的にコンサルタント業務として簡易評価或いは「監査委員会報告第69号」が示す鑑定評価以外の評価業務に乗り出してもよいのではなかろうかと考えます。
 実査の伴わない、相手方資料にのみ基づくお墨付き意見書作成業務と、鑑定評価業務との間に存在するであろう多くのコンサルタント的業務分野を無視したかに見える、「販売用不動産等の強制評価減の要否の判断に関する意見の運用方針」には疑念が残るのです。
 2.資産流動化法に関する鑑定評価については、まさに流動的局面にあると考えられ、軽々に論じることは避けたい。しかし、所掌専門委員会にて検討中の価格の種類は大半が投資採算価格としての特定価格である。
 同じく、3.民事再生法に係る評価の価格種類も多くは「早期売却市場における処分価格すなわち特定価格」である。尚、担保権消滅許可に関する評価については、現東京法務局訟務部付検事(元名古屋地裁判事)の原道子氏の興味ある論考がある。同論考の掲載書は本稿末尾に記載する。
 茫猿は正常価格原理主義者ではない。しかし、正常価格が鑑定評価の原則であり王道であるというのが鑑定評価基準であろうと考えています。
限定価格はその付則であり、分割或いは併合不動産各々の正常価格が示す差額から導かれるものである。特定価格はまさに特定の価格であり、制限的に例示されるものと考えています。
 その観点からすれば、留意事項を矢継ぎ早やに付加して、鑑定評価基準に特定価格が占める割合が、なし崩し的に巨大になってゆくのは如何なものかと考えます。
 日本経済再生に要求されるからと云って、時流におもね過ぎてはいないだろうか。時流に棹さす視点を忘れた専門家集団は曲学阿世の徒と云われても仕方がないと考えます。
 98年夏のデユーデリ騒ぎ以来の、特定価格(高名な誰かが処分できる価格とノタモウタガ)の蔓延は鑑定評価の弔鐘に聞こえるのですが、それは「鄙の茫猿」の空耳でしょうか。
 鑑定士の関与分野を広めるなと云っているのではありません。正常価格を追求し経済活動の指針たらんとする鑑定評価基準の立場と、特定市場を前提としたコンサルタント業務を行う立場とは明確な一線を画すべきだと申し上げたいのです。
 右肩上がりの時代だから存在し得たのだという揶揄が聞こえそうですが、30有余年のあいだ常に正常価格を探求してきた鑑定士が、鑑定評価としての特定価格分野追求に大きく舵を切って、はや三年。
 この間に鑑定業界のなかで、滔々たる議論の渦が起こらないのが、何とも不思議でならないのです。
 不動産鑑定99年3月号の巻頭言(朝日新聞・山本努氏)に、依然として我々は何も答えていないし、バブル時代の鑑定評価への総括もないままに、右肩下がりの波間に漂っていっていいのだろうか。
 古いやつだとお笑いかもしれませんが、正常価格あってこその特定価格ではないでしょうか。正常価格を表記する鑑定評価書と、その対象不動産がおかれた特定的市場を考慮した添付意見書という構成はできないのでしょうか。
 投資採算性(リスクマネージメント)とか早期売却市場減価とかいうものは、当事者の経営的判断に委ねられる部分が多く、いわば「客観性を保持した主観的判断」とでも云えるものではないでしょうか。
 別の局面では、「膨大なデューデリジェンス業務を伴う投資対象複合不動産の調査及び評価は不動産鑑定士が相応しい」などとは、軽々にはとても言えないとも云われています。不動産に関連する多面的多機能的な資格者集団の編成が必要であり、独りよがりな幻想の肥大化は道を誤りかねないと考えるのです。
 別な云い方をすれば、地価公示や固評標宅評価としての鑑定評価(社会的衡平さに裏打ちされた羅針盤的存在)と、前述の特定価格を求める鑑定評価(特定の局面における経営顧問的存在)とについて、一般社会が混同したり誤解したりすることを危惧するからこそ、鑑定評価の範疇をむやみに拡大しない方が望ましいと考えるのです。
 業容拡大は図らねばなりませんし、社会の要請にも応えなければなりません。しかし、業容拡大に目を奪われて、不動産コンサルタント業務と鑑定評価業務の境界を曖昧にすることは、鑑定評価本来の基盤を崩しかねないと考えます。
・・追伸
講義の在り方も、十年一日の古色蒼然としたスタイルではなく、ノートパソコンの持ち込みやインターネットを活用した双方向的講義が行えないものかと思うことしきりです。
ご案内 ———
 民事再生法に関する評価との関連から、競売評価のあらましを知っておくことは重要と考えます。この競売評価の全体像を把握するのに、格好の良書が刊行されました。民事再生法、「価額決定請求における不動産の評価」についても、原 道子氏(当時名古屋地裁判事、現東京法務局訟務部付検事)の論考が掲載されています。
 判例タイムス社発行、名古屋地方裁判所評価人会 編著
・「競売不動産の評価と評価書」 代価4,000円
・書籍コード ISBN4−89186−082−0
・判例タイムス社Fax 03−3267−6230

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