経済学と心理学

 個人的によく存じ上げている不動産鑑定士から、投稿を頂きました。
投稿氏は、学術的レベルの高い方で不動産鑑定に対しても真摯な態度を
持ち続けておられますが、投稿の内容はややペシミズムの匂いがします。
 でも多くのマジメな鑑定士の共感を得る投稿と思いまして転載します。
投稿転載開始 投稿者 M.H氏
 茫猿氏は、最近は経済に傾倒されていますネ。
経済(学)は心理(学)の法則が、
心理(学)は物理(学)の法則が、多く働きます。
 従って、現下の日本の状態は様々な不安・不信という卵が、
日々積み上げられているというところではないでしょうか?
積み上げられた卵を戻さないと、些細なきっかけで崩壊するでしょう。
 政府の政策は卵が崩れないように支柱をあてがう方法ばかりで、
不安・不信という卵そのものを除こうとしていないように感じられます。
日本が崩壊すると考える人が多くなれば、間違いなく崩壊します。
 株式市場等の市場は、その資金規模から特定の人間あるいは
グループの恣意で価格が動きます。
兜町の常識であり、最近は恣意的参加者がグローバルになっただけ、
動きが読み辛くなったということでしょう。
また、条件が揃えば地価を動かすことが出来るという例が、バブルです。
尤も、上がることを期待し、あるいは上がると考えた点で、
国民の殆どが直接・間接の参加者でしたが・・・
 株なら売り浴びせることもできるでしょうが、
売る土地を持たない少数の貧乏不動産鑑定士には、
せいぜい「高いよ」と警告するか、罫線屋よろしく時点修正を行って、
比準価格の辻褄を合わせることしかできないでしょう。
 バブルのような高騰期には、「鑑定士の価格は安すぎる」と叱られ、
地価の下落局面では「高すぎる」と責められのが、鑑定士です。
 収益価格重視というのは、鑑定的には土地(更地)から複合不動産
(建物付)に、不動産経済活動のウエイトが移って来たと考えています。
文字通り、土地評価士から不動産鑑定士への実質面の充実化です。
 収益価格的に、更地は最低の財です。
上モノがあって収益性が発揮できるのであり、
「更地からの発想」の悪習を止めるべき時期です。
 比準価格が有効なのは更地についてであり、
複合不動産の場合に収益価格が必要になると思います。
 不動産鑑定士の本務である「適正な地価の形成に資する」ということ
に、いかに無力であるか。
アメリカのように「投資家の意思決定支援」と豹変するのは心苦しく、
せめて「経済人の意思決定支援」の範疇に留まって、
その社会的責務を果たしたいと考えるのは、私だけであろうか?
 収益価格で恣意的なスポットを当て、
様々な価格概念が日毎製造される最近の傾向は、
価格概念のバブルのように感じられて仕方がない。
不動産鑑定士に対する信頼がなければ、
(経済)社会は動かし得ない。
政治家や政府に対する信頼がなければ、社会は健全にならない。
老後を日本で過ごし、日本で生涯を終えることを、
経済的に諦めかけている、貧乏鑑定士です。
引用終了
 彼は、既に逃げ切ってしまった一人でしょうか?
それとも、逃げることをあきらめた一人でしょうか?
伺ってみたい気がします。

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