証券化鑑定研修

 4/16に「証券化対象不動産の鑑定評価基準及び実務指針」に関する研修を名古屋会場で受講しました。


 研修会場に着席するや否や、知人から「名古屋で受講するとは珍しいですね」と声をかけられた。次第に遠方へ出かけるのが面倒になったのと日程が合わなかったせいもあって今回は名古屋受講なのである。東海三県では会員数約300名強だが受講番号からみるところ、他会場受講もあるだろうから受講率75%程度のようだ。 誰かがこれは「義務研修でしょうに。」といったら、「いや義務(的)研修だよ」と応じた会員がいた。(的)の有無は大きいが、気分としては義務ということなのであろう。
 講義のことは後回しにして、伊藤真理子氏に倣って「研修会配布弁当」なのである。名古屋の弁当と他地区会場弁当の比較の参考になればと思うのだが格別名古屋飯があった訳ではない。そういえば焼き海苔も佃煮もついていない、焼き海苔や佃煮は「江戸前弁当」限定なのだろうか。
 ところで、研修席着席のまま弁当、みそ汁、ペットボトルお茶が配布されたのである。お茶がペットボトルのなのはやむを得ないと云うか湯飲み一杯切りよりはよほど好いのであるが、せめて紙コップがついていたらと思う。野外ならともかく屋内でペットボトルぐい飲みはいただけない。資源の無駄遣いを避けたのかもしれないが、ペットボトルの水滴除けだろうがグラスマットが配られていたのだから、紙コップもやはりほしいと思う。

 延々6時間の講義はさすがに草臥れる。自分では気づかなかったが「居眠り鼾」で廻りにご迷惑を掛けたのでは無かろうかと些か心配である。心配ではあるものの、机にうつ伏した訳ではないし大きく舟を漕いだ記憶もない。マアマア真面目に受講したといえる。休憩時間に混雑を避けて少し遅れてトイレに行こうとしたら、某士協会役員から「ボチボチ、エスケープですか。」と冷やかされた。
 どうやら、名古屋受講を揶揄されたり、遅れてのトイレ休憩を冷やかされたりと、茫猿はあまり評判がよくないようだ。少なくとも真面目に受講する研修生とは見られていないようです。チャランポランに見えるだろうし横着に見えるかもしれないとは思うが、これでも根は真面目なのです。横着に見えるのは爺鑑だから多少ノンビリとしてるだけで、そんなに図々しい性格ではない。
 例えば、大半の男性受講生はスーツ・ネクタイ着用である。講師への礼儀なのかもしれない。でも茫猿は思うのである。真剣に勉強しようと思うのであれば、体に楽な格好が一番なのである。スーツ・ネクタイが一番楽ならそれはそれで構わないが、ノータイもセーターもチノパンでも構わないと思う。廻りに不快感を与えなければよいのであろう。
 さて、肝心の研修概要である。内容について感想以上のことを申し上げる術も能力も茫猿にはない。「基準及び実務指針」について講義された奥田講師は冒頭で「地方の証券化支援事業」について紹介され、会員の積極的な参加を云われていた。『茫猿、我が意を得たりである。』
 奥田講師、廣田講師、今井講師の講義内容に共通して感じたのは[ER]の取り扱いに関する懸念というか戸惑いである。何やら奥歯にものが挟まっているというか、意に反するとまでは云わないまでも、ザクッと云えば「そんなこと云ったって、どうだかネ-?!」と云いたいのではという雰囲気を感じるのである。
 今回の鑑定評価基準改正の要点は国交省サイトによれば次の通りである。

「今回の改正の背景とポイント」
 我が国の不動産証券化市場の急速な進展に伴い、その健全な発展と透明性の確保のため、投資家や市場関係者に対し利益相反の回避や取引の公正性を示す上で不動産鑑定評価の果たす役割が増大している。
 経済社会状況の変化に伴う鑑定評価に対するニーズの変化により、市場関係者やエンジニアリング・レポート作成者との連携の必要性、鑑定評価書における説明責任や比較容易性等が強く要請されている。
 今回の改正では、不動産鑑定評価基準に「各論第3章」を新設し、証券化対象不動産として鑑定評価を行う場合の適用範囲、鑑定評価にとっても重要な資料であるエンジニアリング・レポートについての不動産鑑定士の主体的な活用、DCF法の適用過程の明確化や収益費用項目の統一等を盛り込んだ。

 この範囲においては至極当然のことなのであるが、改正基準が不動産鑑定士の責務としてうたう以下の事項が現場においてどこまで履行可能なのかについて躊躇が存在するのではなかろうか。

改正基準 Ⅱ 不動産鑑定士の責務 (中略)
(2)不動産鑑定士は、証券化対象不動産の鑑定評価を行う場合にあっては、証券化対象不動産の証券化等が円滑に行なわれるよう配慮しつつ、鑑定評価に係る資料及び手順等を依頼者に説明し、理解を深め、かつ、協力を得るものとする。また、証券化対象不動産の鑑定評価書については、依頼者及び証券化対象不動産に係る利害関係者その他の者がその内容を容易に把握・比較することができるようにするため、鑑定評価報告書の記載方法等を工夫し、及び鑑定評価に活用した資料等を明示することができるようにするなど説明責任が十分に果たされるものとしなければならない。

 此処に云う資料のうち、重要なものにER(エンジニアリング:レポート)があるわけで、これが鑑定士側に適切に開示提供されてこなかったキライがある。また鑑定評価の依頼から納付に至る時間的余裕が乏しいことから、ER作成者と十分な連絡協議説明を得る時間が得難いという話が聞こえてくる。
 だからこの問題に関してER作成者側(建築・設備維持保全推進協議会・BELCA)と鑑定協会との協議というか意思の疎通が十分だったかどうかというよりも、基準改正等を主導したであろう国交省の意向が強く反映し現場は後から附いてゆくというのが実態なのではなかろうか。
『エンジニアリング・レポート作成者との連携の必要性』と云ったって、『鑑定評価に係る資料及び手順等を依頼者に説明し、理解を深め、かつ、協力を得る』と云ったって、相手次第なのであり、鑑定側は当然にというか以前から必要性を述べてきたのであるが、相手先即ち鑑定評価委託者やER作成者側が『連携や協力』の必要性を悟ってくれなければ事態の好転は難しいのではなかろうか。
 2ちゃんねるなどで暴露されている状況が特殊限定ではなく、結構多く見られる状況であり、証券化スキーム企画構築段階から「鑑定評価」が存在するのではなく、最終段階に至って鑑定士が呼ばれて評価書をもとめられるいう状況が改善されなければ、ことは良くならないのであろう。
 この点に関して「ER作成者に特段の資格が要求されない。市場が判断するのだ」というBELCAの姿勢は、ある種爽やかである。証券化不動産鑑定も資格に凭れてものを云う「守りの姿勢」ではなく、市場に適否判断をゆだねるという「攻めの姿勢」を考え直す時期にきているのではなかろうか。

 この点について、不動産鑑定-2007-04号・鑑定セミナーでイー・アール・エスの町山氏が冒頭に述べている言葉は象徴的である。
「鑑定士さんたちとのお付き合いは、楠さん(竹中工務店)と一緒の去年の国交省の委員会からで、周り中が不動産鑑定士という世界で始まったのですが、正直いいますと、鑑定士さんは基準に縛られて気の毒だなという感じでした。それが正直な印象です。」

 また、セミナー記事のまとめで小林信夫氏が紹介するBELCA関係者の言葉も印象的である。
 「なぜ法律や協会を持たないのか?」と尋ねたときに彼らからは「法律は最低基準を定めたものであり、協会や団体もそのレベルを維持するために設立されたものである。現在のように内外投資家の厳しい要求に応えるためには、法律や基準の制定によりレベルダウンすることは避けなければならないのではないか。」との回答があった。

 「絶句」としか云いようがない。とんでもなく高く強い気概である。残るも残らないも全てはマーケットが決める、市場が淘汰してゆくのだという気概である。ER調査依頼者への受託責任、説明責任を市場を通して果たして行こうという姿勢でもあろう。【この記事は推敲継続中です。】

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