もう二十年近くも前に山採りしてきたのちは、母が気に入って丹精してきた石楠花が満開になりました。事務所を岐阜から自宅に移転して早や三ヶ月、自宅に居ること多く、屋内にいても屋外に出ても母の想い出に連なるものばかりです。先ほど親爺殿が、もう絹サヤから実エンドウになった実を摘んできました、親爺の思いをうけて明日朝のみそ汁の実は実エンドウです。
少しずつ、少しずつ落ち着きを取り戻しつつある我が家は、静かに今日が暮れてゆきます。
枝の片向きを補正するための杭と紐は、亡き母が行ったものです。
この連休に介護支援に帰郷してきた息子たちが、鳥の声がとても近くなったと言います。そういえば雀でさえ、屋根から庭先近くに降りてくるようになりました。 もう半年以上も母は畑に出ていませんでした。それに連れて父が野良に出る回数も時間も減っているようです。庭先や屋敷廻りの畑に人がいないから鳥が近くなったのでしょう。 今朝、ウグイスの鳴き声がとても近くに聞こえてきましたのも、畑が野鳥たちのものとなったせいかもしれません。 この秋には、鳥たちの餌場を作ってみようかと考えています。
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