目刺しの念仏

鄙卓には干物を登場させることも多い、カマス、アジ、たまにはレンコダイにキンメなどもあるが、定番は目刺しである。 様々に買い求めても一度期に食することは叶わないから、冷凍保存して忘れた頃に取り出して食している。

 

フライパンにクッキングペーパーを敷き 鍋ぶたを置いて、凍ったまま弱火で蒸し焼きにするのである。 そのままでも好かろうが、秋からは折々にスダチ、カボス、柚子、春まだ浅き頃には夏柑などを溢れるほどに絞り掛けして食すれば、鄙卓も乙なものである。 春から夏には大根オロシを山ほどに盛れば目刺しのオロシ和えである。

ふと、囁く声がする。 目刺しの頭は食感が好くないし苦味もまさるから食べ残してある。 その目刺しの頭が、我が命を全うして下されと呟く声がする。
『あなたは旨いところのみ食すればよかろうが、ふるさとの海では妻子眷属が我が弔いに涙しています。 目刺しといえども、カマ肉も脳髄も眼肉も残されては成仏できませぬ。』と、鰯の目が囁くのである。  《鰯の弔い 金子みすゞ 大漁より》

昔、「荒法師」とも「怒号敏夫」ともいわれた土光敏夫氏の食卓が紹介されたことがある。 経団連会長を経て臨時行政調査会会長に就任した土光氏のことである。 紹介された朝食は目刺しに味噌汁が定番という質素なものである。 ヤラセも噂された記事だが、それでもサスガだなと敬服した記憶がある。 今にして思えば、80歳ともなれば、《朝食の話だけど》ステーキや大トロよりも目刺しこそ舌に好ましかろうと、古稀の舌は頷けるのである。

 

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