鎮守様の秋祭り

十月八日は村の鎮守様の秋祭り、快晴に恵まれ無事に祭り太鼓の奉納を仕終えました。今はヤレヤレです。 翌日は御神燈屋形の撤去作業、そして引払い打上げでした。これが終われば一年間の祭典係長のお務めは無事に終了するのです。

昨年秋の新嘗祭に始まり、年末の注連縄・門松の飾り付け、年始参拝者のご接待、初地蔵、祈年祭と祭祀が続きます。二月寒中に行われる祈年祭・祭祀が、とても厳しいのです。寒風が吹き抜ける神社拝殿に正座して約一時間続く祭祀を見守るのです。加齢で寒さが堪えるようになった身には正座も厳しいので大変です。終わってから、お下がりのお供えお神酒をいただくと、腹中に沁み渡ります。

夏には、暑中の提灯と大幟《おおのぼり》の虫干し点検、地蔵盆に向けての奉納太鼓の練習が約二週間続きます。汗だくになりながらの太鼓練習が毎夜続きます。演奏曲は、豊後下り、詞車、岡崎、阿亀、打ち囃子など七曲約四十分です。高齢化とともに笛を吹ける方は少なくなり、残念ながら十年以上前からCD演奏に置き換わっています。

太鼓は生演奏ですが、目下の悩ましいことは、現在の太鼓も年代物であり、数年前に張替えはしたものの次回は鋲の打ち込みが難しかろうと、太鼓業者から聞かされていることです。胴回り直径が五尺前後もある大太鼓を新調するには多額を要するであろうと予想されることから、現有大太鼓を大切に使ってゆくことが求められています。《試しにネット検索してみたら、鼓面三尺の大太鼓の表示価格は1100万円でした。》

そして秋祭り例祭の執行です。九月末の二十日寄り《氏子総会を云う》に始まり、秋季例祭・祭祀、そして大幟立て、御神灯屋形三基の建て起こし、本祭り大太鼓奉納と続きます。写真は御神灯が飾られた提灯屋形三基。《2017/10/08夕刻前》祭典係全員の願いが叶ってか、快晴の青空に紅丸提灯がよく映えます。

本祭りは鳥居前での寄せ太鼓に始まり、高張提灯や十二灯笹竿に先導されて子供達が綱を引く台車に乗せられた大太鼓が続きます。大太鼓の奉納は子供会の小太鼓奉納が行われた後に、拝殿に大太鼓を引き上げて奉納されます。太鼓奉納が終わり、境内で氏子によるデガヤシ太鼓が打ち鳴らされる頃に祭典係は一段落の安堵にひたるのです。《茫猿が子供の頃には、デガヤシ太鼓に合わせて田踊りを踊る頰被り人が数人はいましたが、今は皆無になりました。》

翌日早朝からの山おろし《御神灯提灯屋形の解体作業と幟柱の解体》も無事に終わり、只今は引払い打ち上げ真っ最中の風景です。例年の打ち上げは近在の料理屋などで行いますが、今季はメンバーの要望に応えて我が雛里にてBBQの打ち上げを行いました。祭りの行く末、郷土の行く末、などなどを巡って皆の話題は尽きません。

BBQの面白さは、座り込んでひたすら呑み食べる人、秋刀魚の焼き方にこだわる人、肉を焼くのが得意な人、野菜をじんわりと焼く人と様々だからBBQは面白い。

ちなみに今回のBBQメニューは、大鍋一杯の芋煮、炭火焼き秋刀魚、ダッチオーブンにて茫猿お手製の地鶏熱々燻製、飛騨牛網焼き、自家採り野菜焼き《薩摩芋、玉葱、万願寺》などです。用意したお酒は、スパークリングワイン三本、モルツビール、焼酎は神の河、百年の孤独、泡盛古酒・”まさひろ”などでしたが、全て参加者十三名の腹中に納まりました。メデタシメデタシです。《2017/10/09 19:00頃の宴会景色》 山おろしに続いて、神社祭祀経常費・氏子負担金の集金業務もありましたから、とても疲れました。疲れたことは疲れたのですが、生涯に二度と勤めることは無いであろう祭典係長を終えて、今は祭りの後の心地好い虚脱感に耽っているのです。加齢による体力気力の衰えを実感している昨今のこと、十名を超える茫猿宅での秋刀魚&飛騨牛焼肉パーテーを開催することなど、もう二度と無いであろうと思えば寂寥虚脱感も増すのです。

一昨日昨日は忘れていた帯状疱疹後遺症の痛みも、今朝は右脇をキリキリと責めます。それにしてもこの原稿をアップしたら、食器や縁台の清掃後片つけ、それに昨日は留守不在で集金漏れのお宅への集金訪問が残っています。神社総代さんへの諸経費清算報告を終えるまでは、まだまだ放免されないのが現実なのです。

《追記》氏神さんについて
茫猿が祭典係を務めた氏神さんは白髭神社と云います。白髭神社に祀る神は猿田彦命で、古事記にも登場する国津神です。総本社は滋賀県高島市にあり、琵琶湖上に浮かぶ大鳥居が有名です。伊勢市の猿田彦神社、同じく伊勢市の二見興玉神社、鈴鹿市の椿大神社も猿田彦命を祭神とします。

 

 

 

 

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