例によって例の如くアエラ(AERA 2009年3月30日号)が「公示地価不信・これだけの理由」(不動産鑑定士がなれあいを告発)と題するステレオタイプな地価公示批判を展開している。 無視してもよいのだが、天下の朝日新聞社が発刊する週刊誌、それも比較的論理的と評されている雑誌の署名記事であるから、見逃すことは為にならないと考えるので反論を掲載しておく。 本来この種の批判に対しては鑑定協会を通じて然るべく反論を行い、思考停止的ステレオタイプ記事の蔓延を防がねばいけないと考えるのである。
記事が云うところの鑑定士の告発とは、ざっと以下のとおりである。
※渋谷周辺地域の公示を担当する鑑定士A
首都圏をはじめ各地で地価の大幅な下落が指摘されるが、それは鑑定士の共通認識ではないらしい。「そんなに下がっていないという理由をただしても、根拠は示さない。値動きへの感度が低すぎる。」
※幹事を務めるベテラン鑑定士B
土地そのものの価値が下がっているのにわかっていない。鑑定士は個人営業で付き合う人が少なく、世間知らずが結構いる。
※名古屋市の鑑定士T
鑑定士は民業主体の仲介業者を下にみるきらいがある。仲介の現場を知ってこそ実態に近い地価を算出できるのだが、交流しようとしない。
※三友システム・井上明義氏
都心の地価上昇は07/04~07/06期にピークを迎えていた可能性が強い。
※都内の鑑定士・森田義男氏
国の地価調査のあり方は、実態を反映させないデタラメ。すでに破綻している。
とまあ、悪口のオンパレードである。しかし、この種の批判は今回が初めてではない。過去に何度も聞かされ、読まされてきた”ステレオタイプ”の批判である。 批判する側(この際は当該記事の筆者である編集部記者土屋氏である)が、地価公示というものの本質や不動産鑑定評価というものを一向に理解しようとしない姿勢に、その背景がある。
茫猿も依頼者から、あなたの提示する評価額では売れない。あるいは買えない、今の市況を知っているのか?に近い批判を頂くことがあります。そんな時に茫猿はこのようにお答えします。
『今の市況は十分承知しています。A物件が売りに出て三ヶ月成約に至らないのも、B物件が値下げしたのも知っています。C物件は今に至るもテナントが埋まらないし、D物件は家主の方から家賃を値下げしてテナントの引き留めをしているのも知っています。』
『しかし、鑑定評価というものは時々刻々の個別的な状況変化に振り回されるものではございません。またそういう時々刻々の細部変化を即座に現すものでもございません。 取引事例のみならず、売り手の希望する価格や買い手の希望する価格も相互に比較しながら、第三者の検証に堪えうる価格を求めています。少なくとも数ヶ月後において或いは一年後においてその妥当性が立証でき得る価格を求めています。』
『激落時には買い手が不満を示すのは当然であり、高騰時には売り手が不満を示すのもある種当然と考えています。そのような瞬間最大風速にいたずらに惑わされることのない価格を求めています。 例えば、散発的な市場の取引事例を基礎とする一つの比準結果は大きく動いても、賃料を基礎とする収益価格は短期的に大きな変動を示さないのが通例ですし、建築工事費等を基礎とする積算価格も同様です。』
瞬間最大風速と平均風速の違い、その日のその時の最高温度や最低温度と平均気温の違い、判定する地価の判定期間の長さの違いなどなど、不動産鑑定評価と地価公示にまつわる根深い誤解が背景にあると考えます。 多数存在する地価公示評価員のなかには、記事があげつらうような鑑定士が皆無とは言わないが、そういった一部鑑定士の状況認識についての不備は何度も繰り返される分科会討議において是正されてゆくのである。
今回のH21地価公示評価業務においても、茫猿が所属する分科会では、より大きな下落を主張する鑑定士と、底堅さを主張する鑑定士とのあいだに白熱の論争が昨年末に展開された記憶は茫猿に新しい。 その論争はピークアウトした時期の認識、よりマクロ的な現状認識とミクロ的な地価動向及び取引動向や個々の取引事例検証など多岐に亘ったのである。
そのような真剣な論争や多面的な検討を経て、今や最大にして最も精緻な地価インデックスが作られているのである。 そのことは何も茫猿だけが述べているのではなく、例えば次のような反論が過去にも行われている。
『地価公示価格に対する誤解』(鑑定士ネット:03/08/06)
『大新聞による地価公示批判の誤りを指摘する』(鑑定士ネット:04/04/07)
『公示(土地)価格は鑑定官がつくるというトンデモ説』(部分理解・支離滅裂:05/04/23)
『地価公示の作業時期と公表時期』(不動産鑑定評価を考える:07/12/31)
『地価「最終」暴落(立木誠、光文社ペーパーバックス)への反論』(小川貴文氏:05/12/08)
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