有事法制に反対

 常になく政治的小考ですが、たまには云うべきことは云っておくという、市民茫猿の信念に基づく発信です。ご容赦下さい。
 ファナティックな小泉純一郎氏の持つ危険性については、01.05.30付「感じる危うさ」そして、 01.07.07付「カウンターパワーの存在」で既に論評しています。今、小泉内閣は国家総動員令につながる有事法制関連法案を国会に上程し成立させようとしています。並行して個人情報保護法案も成立を目指しています。


 昨今のワイドショー的政治評論は鈴木宗男、加藤紘一、辻元清美、田中真紀子批判に終始しています。個人情報保護法案が秘めている問題点も、ましてや有事法制がもたらすであろう危険についても、何も語ろうとしません。
同時にこれらの国会議員を標的とすることの隠された意味について考えようともしません。鈴木宗男氏の資質はともかくとして背景にいる野中氏を含めて全て大なり小なりのハト派ばかりです。
(この件は別途評しますが、ダーティな鳩を選ぶか、クリーンな鷹を選ぶかは常に究極の選択です。)
 日本という国は、1945.08.15に太平洋戦争(大東亜戦争とも云う)に敗戦してから、参戦することは公式にはありませんでした。正確には日本人が朝鮮戦争に参加しています。ただし、この参加は民間人が輸送船団その他として参加したものであり、日本国は背景としては秘密裏に積極的に輸送戦線への民間人参加を肯定していましたが、公式には参戦していません。
 日本の戦争不参加は1945年以来56年ぶりにアフガン戦争に参戦することに
より破られました。政府とマスコミは後方支援であるから参戦ではないと云っていますが、現代戦争に限らずロジスティックのない戦争は有り得ません。
 先の大戦で日本が敗れたのは、ロジスティックを軽視したからに他なりません。敗因は他にもありますが、最も大きな敗因の一つは兵站輸送の軽視でした。兵站線の破綻が多くの日本兵を、戦闘ではなく飢えと病気で死なせました。アフガン戦争でも、燃料油と弾薬の輸送無しに戦線維持は不可能です。
 その意味からは、インド洋への給油艦と補給艦隊の派遣は「テロ行為撲滅」という美名に名を借りた海外参戦に他なりません。
 ニューヨークテロを奇貨として、小泉総理は海外派兵を強行し、今また有事法制を成立させようとしています。茫猿は日本を守ることに反対するのではありません。日本が侵略されれば、立ち上がります。
 茫猿は歳ですから、直接戦闘には参加できないでしょうが、日本の為に抵抗するパルチザンやゲリラに食料・金銭・隠れ家を提供します。茫猿の僅かなコンピューター・スキルも提供するでしょう。
 しかし、小泉内閣と自民党と公明党と保守党が提案している有事法制は、あまりにも多くの問題を含むものです。
何よりも、有事の規定が曖昧に過ぎます。
・日本に対する武力攻撃が予測される事態が有事と規定されています。
・周辺事態、国際テロに対する米軍等の武力行使も有事の範囲です。
しかも、これらの有事予想の認定基準が曖昧なままに総理大臣に委ねられています。
 小泉氏は「備え有れば、憂いなし」と云います。彼らしいファナティックな表現です。何に備えるのかが明らかではありません。有事法制の備えとは仮想敵国を必要とします。日本の周辺国、アメリカ、ロシア、フィリッピン、タイワン、チャイナ、コリア、ノースコリアのどの国や地域が日本を侵略すると云うのでしょうか。侵略する能力を持つと云うのでしょうか。
 日本が愚かな挑発や示威行為を行わない限り、原水爆で焦土とした日本を占領する愚かさは、どの国も承知しているでしょう。とすれば、日本への侵攻は通常兵力によるものしか考えられませんが、日本の周辺国にその意志も能力もないでしょう。
 テロ行為に関しては、パレスチナを中心とするイスラム過激派にとって日本という国は、アメリカやイスラエルを支援する限りに於いて敵でしょうが、少なくとも現状に於いては日本は敵対集団ではないでしょう。
 先日の国会党首討論において、小沢一郎自由党党首が、今戦われているイスラエルとパレスチナの戦闘は対テロ戦闘なのか通常戦闘なのかの認識を小泉総理に問いただしましたが、総理は現を左右にして答えませんでした。
 テロ行為、特に無差別テロは憎むべきものです。しかし、同時にテロを産み出した背景に責任が有りや無しやも問われるものです。
 地球上の南北問題を放置し、東西問題(中東は東、米英独仏&日本国は西)を放置する国家と民族にテロ行為を指弾する資格は無いという認識から始まらねばならないと考えます。炭酸ガスの発生量も資源の浪費量も圧倒的に北且つ西である現世界において、テロに走らざるを得ない民族を糾弾する真の資格が有りや無しやを考えねばならないと思います。
 もっと単純に考えましょう。
「ノブレスオブリージュ」を持ち出すまでもなく、日本が戦争に参加する道を開こうとする実質改憲派の国会議員は、自ら自衛隊に志願し前線に赴くべきでしょう。少なくとも兄弟姉妹、息子や娘又は孫を自衛隊に志願させるべきでしょう。50歳を過ぎて己が危険な前線から遠く有るからと云って、若者を戦線に送り出す結論を出すべきではないでしょう。
 小泉氏の示す論拠を唯一肯定できるのは、彼が息子をチャラチャラしたコマーシャル出演から退出させ自衛隊に志願させ、インド洋や東チモールやゴラン高原に送り出した場合だけです。
 今の日本は、昭和元禄を過ぎ、文化文政バブルの退廃を過ぎて、戦争にまっしぐらに向かった大正末期から昭和初期に酷似していると考えます。
ある日ある時気づいたら、歴史の転換期は2002年であったという「ほぞを噛まないように」、構造改革の美名に迷彩を施されて、今引き起こされつつある「将に有事」について、確かな目を持ちたいものと考えます。
 有事法制や軍備充実によって、誰が利益を得るのかと云う視点を持てば、隠された問題点が、自ずから見えてきます。
利する者と被害を被る者をよく見てみれば、問題の背景は明らかになるものです。何時の場合にも謎解きは簡単であり、真実は単純さの中に秘められています。

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