謹賀新年

2006年が始まり、もう5日が過ぎました。約1/70が終わってしまった訳です。今朝ほど、大事になるかもしれないニュースが報じられました。イスラエルのシャロン首相が脳内出血で重篤という報せです。シャロン氏の容態如何では少しずつ和平に向かいつつあるパレスチナ情勢はまたもや混沌を招くかもしれません。パレスチナの不安定化は中東全体の不安定につながるものであり、イラク情勢の流動化や高騰する原油価格のさらなる上昇も視野に入れなければならないでしょう。いかに有能でも77歳の高齢者独りにに一国の舵取りを委ねてしまう危険さを感じます。


元旦から三が日にかけて、多くの賀状を頂きました。鑑定士の皆さんやRCの皆さんからの賀状が多くて、親類知人、幼馴染みや学生時代の友人からの賀状が随分と減りました。茫猿自身がもう数年に亘って一通の賀状も出していないのですから当たり前のことです。文面が印刷なのは当たり前としても、宛先だけでも手書きの賀状は皆無に近く、僅かな手書き宛名も明らかな代筆賀状でした。
そんななかで、PCグラフィック印刷賀状に一筆書き添えてある賀状が何通かありました。懐かしく嬉しく拝見すると同時に、今年辺りから賀状を復活させてもよいのかなと思い始めました。自身の高齢化は即ち社会との接点の狭隘化につながるものであり、宛先くらいは手書きで一筆書き添えた賀状を届けるのも悪くは無かろうと思えるのです。何よりもボチボチ投函枚数を思い切って絞り込めば佳かろうと考えられる歳になり、顔と声が思い浮かぶ人に限って賀状を書こうと思うのです。手始めに寒中見舞いが旧暦の大寒頃に届けられればと思います。
元旦は今や恒例になっている「お千代保稲荷」へ、帰省していた次男とともに初詣にゆきました。と云っても稲荷信仰で商売繁盛を願ったわけではなく、門前で募金活動を行っている止揚学園の皆さんに年賀を申し上げ、ささやかな募金を差し上げるために参ったわけでして、結局お参りはせずじまいでした。昨年も一昨年も社殿にお参りはしなかったように記憶します。
今日の中日新聞夕刊「紙つぶて」にブラザー工業会長の安井義博氏が「神頼みのはしご」と題して、面白いことを書いておられます。
熱田神宮、伊勢神宮、多賀大社、豊川稲荷など著名な神社仏閣を巡って初詣をし数多くの願い事をしていた昔もあったが、ある時から願掛けは一つの神社で一事だけと決めた。社業も優先順位をつけ絞り込みを行った。
「信じて念じて、その思いを行動に移す。その積み重ねが好運を招き寄せるのでなかろうか。信仰の本質や目的も、案外そんなところにあるのかも」と結ばれている。
茫猿とてこの正月に、氏神様以外にどこもお参りしなかった訳ではないが、何かを願うことはついぞ無い。若い頃から神頼みをしたという記憶はない。
ただ、その日に神前に仏前にお参りできる御縁を謝し申し上げるのみである。そうでしょう、怪我や病気など何某かの不幸を抱えていれば神前や仏前に進み出ることもできない訳であり、進み出たとしても心安らかに頭(コウベ)を垂れることはかなわないのであろう。いわば、何はともあれ平穏に今日まで過ごせた幸せをお礼する。昨年一年間、無為ではあるにせよ無事に過ごせたことを謝するお礼参りなのである。

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