鑑定協会の危機管理?

 先号記事「不二家に学べるか」で、『資料収集の基盤が拡大し拡充することにばかり浮かれていないで、関与会員の増加は事故発生の危険率が増したのだと認識し、危機管理意識を高めてほしいのである。』と書いた。
04年夏以来、新スキーム問題に少なからず関与してきた身としては、このことの意味するところをもう少し詳しく述べることにより、(社)日本不動産鑑定協会執行部諸氏のみならず会員諸兄姉の御理解を深める上で、その端緒になれば幸いである。


 ここで云うところの事故発生とは個人情報の漏洩事故発生である。鑑定協会が管理している個人情報には会員情報や事務局職員情報など様々なものがあるが、ここでいう個人情報とは「不動産取引情報」のことである。取引情報は直接的には個人情報ではないが、法務局等で容易に入手できる他の情報と照合することにより取引当事者の個人情報が特定できることから個人情報に含まれるものである。[ガイドライン:第一、(2)]
 鑑定協会並びに全国の都道府県鑑定士協会は、新スキームその他のスキームにより取引情報を入手・加工して地価公示取引事例を作成するものである。この取引事例を基礎資料の一つとして地価公示価格を調査しているのである。この原始資料入手から、加工して(取引事例に係わる様々の属性データを調査し整えて)地価公示価格評価書を作成し国交省に納付するまでの全行程において、適切な安全管理措置が施されているか否かが問われるのである。同時に地価公示評価作業後において、それらの事例資料を利活用する際に十全の安全管理措置が実行されているか否かが問われているのである。[ガイドライン第4、(5)安全管理対策の具体的措置]
 茫猿が疑問に思うこと、もしくは不十分と考えることを列挙してみたい。
なおあらかじめ断っておくが、不動産鑑定士は鑑定評価に関する法律並びに地価公示法により「守秘義務」を課せられており、個人情報保護法が求めるまでもなく安全管理には十全の注意を払っているものである。
 ここで取り上げる事項はそれでもなお発生が避けられないであろう「事故」について、その対策は十分かと問い直すものである。
【1.データの暗号化処理】
 地価公示作業行程におけるデータの授受(FD等携帯可能なメデイアによるデータ授受)は「マイシェルター」という暗号化ソフトを使用して安全を担保することとなっている。しかし、地価公示と同様の手順で実施される都道府県地価調査においては前述の「守秘義務」と各単位組織に於ける「自助努力」に委ねられており、「暗号化ソフト」の使用が義務づけられていないのである。(メモリーデバイスの配布も行われない)
 地価公示委託者は国交省であり、地価調査委託者が都道府県であることに帰因する差異であるが、受託者はともに鑑定協会或いは士協会であることからすれば、鑑定協会等は「不作為」の指摘を免れないであろう。
【2.士協会事務局並びに鑑定事務所内の安全管理】
 各士協会事務局や各鑑定事務所においても、安全管理を徹底するように「個人情報保護ガイドライン」にも示されているし、研修も行われている。しかし、各事務所における安全管理措置の実施状況に係わる調査も監査も行われていないのであり、各不動産鑑定士の信義に委ねられているのである。
 少なくとも(a)各事務局・事務所における取引事例の保有管理状況、(b)不要資料の廃棄方法並びに廃棄状況、(c)事務局・事務所内PC並びにLANを構成するPCや関連自宅PC等について、ヴィールス対策やファイル交換ソフトの利用状況等についての注意喚起並びに実態調査、程度の作業は行うべきであろうと考えるのである。このことは各鑑定事務所だけでなく、各士協会事務局についても同様の調査が必要であろう。
 ガイドラインを作成配布し研修会を行えば十分であろうと考えるには当然の理由がある。国家試験資格を有し倫理的にも優れた(と思っている)鑑定士であればこそ十全の安全管理を遂行してくれるはずである。それ以上の指摘や指導は僭越な行為である。
 しかし情報の管理責任者である鑑定協会としては、起こり得る事故を防ぐ十全の手だてを実施したか否かが問われるのである。この際に費用対効果を意識するのは当然であり、ファイブナイン(99.999%)、シックスナイン(99.9999%)を希求する必要はない。どのようなハイテク安全管理を施そうとも、事故が起きる時は常にローテクに基因する場合が大半である。
とはいっても、実施可能な安全管理措置を未済に放置していたか否かは問われるものである。また鑑定士以外の関係者即ち事務所・事務局スタッフの管理・研修の如何も問われるのである。
 鑑定協会の対応はH17.3.8付「お願い」に止まっており、その後何の措置も取られていない。茫猿の知る限りにおいて、「お願い」後の実施状況について外部監査や追跡調査はおろか、注意喚起も行われていないのである。
[これを怠慢と云わずして、何を怠慢と云えようか。]
【3.ガイドラインの改訂】
 鑑定協会が「個人情報保護に関するガイドライン」を作成し配布したのは、「平成17年1月」のことである。それから既に2年が経過したのである。コンピュータやインターネットの世界は云うまでもないことであるが、常に変化しているものであり、昨日の常識は今日の非常識に変化するのである。
 士協会WANとでも云える安全・安価・安定的ネットワーク構築が現実の課題になりつつある現状に即応した改訂ガイドラインの作成配布が待たれるのである。
 事故の多くはローテク的に発生します。ローテク的な事故の発生を防ぐには、不動産鑑定士事務所にはアナログ取引情報であれデジタル取引情報であれ、一切を保管させないことを目標とすべきである。ネットワークを利用したオンデマンドシステムに速やかに移行すべきである。
 如何様に安全管理措置を充実しても、システムを整備しても、事故は起きるであろう。

「事故を起こさない」という考え方よりも、「事故は必ず起きる。問題はこれまでどのような安全管理措置を実施してきたかであり、事故後の危機管理はどうあるべきか」ということであろうと考える。

 その意味からは、安全なネットワーク構築の意味を理解しようとしないのは無能なるが故の怠惰であり、理解しながら実現しようとしないのはもたらされる結果についての想像力に欠け無責任なるが故の怠慢である。
 新スキームデータをはじめ地価公示や地価調査等の持つ社会的・経済的意味からすれば、今や安全管理上の必須アイテムであると云える「ネットワーク構築(VPN)」を、未だに実施しようとしないのは「未必の故意」を指摘されても仕方ないと云えるであろう。
 今や怠慢さや無責任さを指弾されるのは鑑定協会役員だけではなく、全国都道府県士協会の役員なのであることも理解してほしいことである。新スキームが全国展開した後には鑑定協会へ責任転嫁することはできないのであり、直接の当事者は都道府県士協会であることを自覚してほしいのである。

最も重要なのは鑑定協会や都道府県士協会が保有し管理する新スキーム取引情報は鑑定協会オリジナルの情報ではなく、行政情報を原始とするということである。この点を正しく理解すれば、茫猿が指摘する三項目の意味も理解できるであろう。

[新スキームに関する国の検討状況]
第1回 取引価格情報の提供制度に関する検討委員会の開催について
第1回取引価格情報の提供制度に関する検討委員会の結果について
第2回取引価格情報の提供制度に関する検討委員会の結果について
平18.7〜9月分の不動産の取引価格情報の公表について

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