この秋、只管打座

只管打座を「只(タダタダ)管(クダグダ)云いながら坐すままに」とは書いていますが、正しくは「只管(ひたすらに)打座する、参禅する」という意味の禅語です。 もちろん茫猿こと鄙の堂守にとりましては、「日だまりでうつらうつらする日々」という以上の意味も以下の意味も御座居ません。


今年も後二ヶ月残すのみ、まだ二ヶ月も残っている。 どちらにしても六十日余です。 NSDI-PTは一筋の光明が見えつつありますが、予断はとても許されません。今は11/21のプレゼンに向けて只管に(ひたすらに)進むのみでしょう。 その後のことはと云えば、それは会員の皆様がお決めになることであり、実用化モデル構築に進むのか頓挫するのか、それは打座して待つのみでしょう。 茫猿ができることと云えば、とても烏滸がましい言い方では御座いますが「水辺を示すのみ」であり、飲むのも飲まないのも会員の皆様がお決めになることです。
先週末は半年ぶりに島を訪ねてきました。 二ヶ月ほど前に引っ越した次男の新居(正しくは破屋)の片付けやら掃除やらに週末を過ごしました。 お陰で、今朝は身体中の節々が悲鳴をあげています。 彼の島暮らしも三年近くになり、ようやくに一筋の光明がほのかに見えてはいるようですが、これとても、とても楽観できる状況にはございません。 何よりも三年前に較べてさらに過疎化高齢化が進んでいるようです。 無人の廃屋が増え独居世帯が増してゆくばかりのようです。 ある集落では全戸六十歳以上というような、そんな日本のあちこちに増えている限界集落と似たような状況が島にも露わに成りつつあるようです。
彼はそのような状況をこんな風に言っていました。

 此処には他に自慢する何もない。島だけの特産品も、他に観られない絶景も無い。 だけれど、島並に揚がりそして沈む美しい朝陽も夕陽もある。 タコにオリーブに椎茸に苺に松茸までも、新鮮な地魚も野菜も、ほぼ無農薬・天日干しの米もある。 荒れてはいるが手付かずの野山に、かつては美しかった棚田も湧き清水もある。 いわば、何でもあるのだし、コンパクトに整った素材という意味では、とても恵まれている。 地理的にも岡山や高松は云うに及ばず、関西圏からもほどほどの距離にある。

茫猿が思うに、足りないのは確かな戦略と具体的戦術なのであろうかと云えば、そうでもなくて、それらを前に進めてゆく人手と資金なのであろうと思われます。 「ドゲンカセニャ イカン」とは皆が判っているし知ってはいるのだけれど、それを押し流してしまう「現在安住」の風潮、別の言い方をすれば、「新たな取り組みを理解はするけれど、今のままで良い。 下手にヨソ者が増えて穏やかな島暮らしが変わってゆくのは見たくない。」という人々のお考えなのでしょう。
年配者や不在地権者を中心にして、そのように考える方々を責めることは、束の間滞在する旅人の茫猿にはできませんし、すべきではないでしょう。 次男の日々の暮らし方が、いつの日か島の少なからぬ方々に受け入れて貰えることを願うばかりですし、彼がその蝸牛の歩みを気長に続けてくれることを祈るしかできません。
閑話休題、帰途、琴電高松築港駅フォームに隣接する玉藻城のお堀で、ふと堀端を眺めると濃い魚影が見えます。試しに手許にあったクッキーを投げると黒鯛や石鯛や鱸などが群れてきました。 アンパンでもあれば、もっと好い写真が撮れたのでしょうが、それでも中央でジャンプするのは、どうやら真鯛のようです。玉藻城のお堀は瀬戸内海とつながっている海堀ですから、いつか誰かに餌付けされたようです。

追伸  連夜お邪魔した「高松市御坊町のやまちゃん」は相変わらず繁盛していましたし、とても美味しゅう御座いました。 地タコの煮付け、カワハギの煮付け、小エビの唐揚げ、刺身は言うに及ばず、どれもこれもマイウーでした。 それから、次男の隣家の方から自家製オリーブ塩漬けをお土産に頂戴しましたが、これもお酒のつまみやパスタのトッピングにとても合いそうです。
もう一つ、庵治の日曜朝市が素晴らしかったです。残念ながら、開催を知ったのが当日朝六時のTVレポニュースでしたから、市場に着いた時は閉店間際で残り物の真蛸三杯を手に入れるのがやっとでしたが、幾つもの空になった水槽をみれば、その盛況が伺い知れます。
次回の島行きには、一に「やまちゃん」、二に「庵治の朝市」、三に「玉藻城海堀の鯛」を忘れずにいたいと思っていることです。

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