不動産のリスクマネージメント

 国土交通省土地・水資源局土地市場課では、2009年1月から「「不動産リスクマネジメント研究会」を開催している。そこでは評価や取引データについても取り上げられており、鑑定業界としても見逃すことができないテーマが語られている。 この研究会は2009年度も継続して開催されており、去る平成22年3月25日には平成21年度最終研究会が開催されて「研究会報告書(案)について」検討されたと国交省サイトは公表している。
 2009年度報告書について国交省サイトはまだ公表していないが(昨年の例からすれば、公表はしばらく先になるようだ。)、住宅新報が伝えるところでは、『国交省の不動産リスクマネジメント研究会は3月25日、報告書をまとめた。報告書では、リスクマネジメントの推進のために求められる要件として、不動産の属性情報と取引価格などをセットにした情報の整備・公開の必要性に言及。』とある。


 不動産リスクマネージメント研究会がとりまとめた2009年度報告書の詳細は公表を待たねばならないが、その示すであろう方向性は2008年度報告書から読みとることができる。以下は平成21年6月3日にサイト上で公表された「平成20年度不動産リスクマネジメント研究会報告」概要版からの引用である。
1.研究会における議論の総括
(1)研究会の趣旨《省略》
(2)不動産に関わるリスクとその対応
(物理的リスク)《省略》
(不動産市場リスク)
・ 価格や賃料等不動産市場の過度の変動は、不動産市場の発展にとって望ましいことではない。適度な変動で推移する健全な不動産市場の形成を目指すため、不動産市場のリスク要因を「見える化」することが重要である。
・ そのためには、不動産投資に関わるプレイヤーが協力し、不動産市場の中ではもとより、金融市場等の他の投資市場とも比較できるよう情報を整備し、市場間の比較可能性を高めることが重要である。具体的には、過去のトラックレコードの整備と公開、そしてそれらの情報に基づいた情報サービス産業の発展が求められる。
(金融機関における不動産に関わるリスクへの対応)《省略》
2.今後の課題
《中略》
○ 不動産のリスクマネジメントの基礎となるデータベース整備の更なる推進
・ オープンな不動産評価データが整備されることにより、リスクの評価をより精緻に行うことができ、過大なリスク評価という現象も少なくなる。データベースの整備・充実を推進するとともに、不動産市場のベンチマークとなるインデックス等さまざまな情報が多様な主体により提供される環境の整備を目指すべきではないか。
・ 自然災害や土壌汚染等の物理的リスクに関してもデータベースが整備されることを期待する。
 さらに全体版から、該当箇所を引用すると

「不動産投資に関わるプレイヤーが協力して、不動産市場の中ではもとより、金融市場等の他の投資市場とも比較できるよう情報を整備し、市場間の比較可能性を高めること(比較・検証するための物差しの整備)が重要である。具体的には、過去のトラックレコードの整備と、その幅広い情報公開、そしてそれらの情報に基づいた情報サービス産業の発展が求められる。」
(注)トラックレコードとは、不動産投資に関わる収益実績等の履歴のこと。

 オープンな不動産評価データの整備が必要である。
 リスクマネジメントの基本は価格評価である。そうした不動産の評価に関する情報が、もっと一般的に、できるだけ画一的に取得できるようになれば、リスクの評価についてもより精緻に行うことができ、過大なリスク評価という現象も少なくなる。
 そのためには、不動産のリスクマネジメントを行う上で必要となるデータの明確化、それを取得するための現状の法制度、手続き等の検証を行い、現状、検討が進められている取り組みとも並行、連携し、望ましいデータベース実現のための政策課題の整理を行うべきではないか。その上で、不動産市場に関するデータベースの整備・充実を推進するとともに、不動産市場のベンチマークとなるインデックスをはじめ市場の機能を高めるさまざまな情報が多様な主体により提供される環境の整備を目指すべきではないか。

 不動産リスクマネージメント研究会を開催する国交省土地市場課は「不動産取引価格情報開示事業」の主管課である。価格情報開示制度の目標とする一つが、「リスクマネージメントの一環としてデータの明確化を指向し、不動産市場に関するデータベースの整備・充実を推進すること」にあると読みとることができよう。
 この指向するところの詳細は、2009年度報告の公表を待たねばならないが、不動産取引価格情報開示制度(鑑定業界で云ういわゆる新スキーム)が目指すところは、不動産市場に関するデータベースの整備・充実にあり、単なる取引事例の収集と開示に止まるものではないのは言うまでもない。
※2009年度不動産リスクマネージメント研究会審議の経緯はこちらから。
 不動産鑑定業界では未だにこの制度を”新スキーム”という内部にのみ通用する名称で呼び、鑑定評価に必要な基礎資料である「取引事例の収集」という一面からのみ捉えているように思える。 だから、事例資料の管理のみに関心があり、閲覧や開示について閉鎖的であり、なかには収集に伴う費用や役務負担をことさらに取り上げる傾向が強い。
 地価公示価格がなぜ複数の鑑定士の評価作業を基礎とするのか今一度問い直してみたいのである。 また制度発足後既に40年余を経過したことによって、当初の事業目的が少しずつ変化していることや、コンピュータ利用によるデジタル化の進展をはじめ、実態として数値比準表が採用されていることなど、ハード並びにソフト面における評価ツールの変化・充実が鑑定評価に大きく影響していることは、今更に語るまでもない現状である。

【地価公示法】
第一条  この法律は、都市及びその周辺の地域等において、標準地を選定し、その正常な価格を公示することにより、一般の土地の取引価格に対して指標を与え、及び公共の利益となる事業の用に供する土地に対する適正な補償金の額の算定等に資し、もつて適正な地価の形成に寄与することを目的とする。

 市場資料のデータベース化、解析ツールの進歩などは鑑定評価の有り様を大きく変えてゆくであろうし、現に変えつつあると言える。 鑑定業界としてデータベース構築にどのように関わろうとするのか、いや、自らどのようなデータベースを構築し、解析して世に問うてゆこうとするのか、羅針盤ともいえる戦略目標が求められていると考えるのである。
 不動産鑑定士が日々関与している「不動産取引価格情報開示制度」すなわち「不動産取引価格悉皆調査(いわゆる新スキーム)」を、鑑定業界としてどのように位置付けるのか、どのように関与し、構築し、利用し、社会に貢献してゆくのかが、今こそ問われていると考えるのである。
 折しも、地価公示地点数の縮減がささやかれている。 公示地点数の縮減は悉皆調査エリアの縮減にもつながりかねないのである。「不動産のリスクマネージメント」の対象として考えられているのは、農村地域でも山林地域でも市街化調整区域でもなかろうと思われる。 その視野にあるのは都市圏域に他ならないと言えるのであり、それは不動産取引価格情報開示制度が当初予定していた範囲が、三大都市圏域あるいは政令指定都市圏域であったことからも容易に推察できるのである。
 悉皆調査が全国網羅的に展開したのは鑑定協会の強い意向を反映したものであったが、財政逼迫状況は今やそれを許さなくなっていると見るのは、あながち的はずれでもなかろうと考える。 鑑定業界にとって悉皆調査の存続は生殺与奪に関わるものと云ってもよかろうが、であればこそ、悉皆調査の事業目的とその関わり方を、鑑定業界自ら改めて問い直すべき時期にあろうと考えるが、如何なものであろうか。
 不動産のリスクマネージメントは不動産業界や金融業界にとって、ひいては社会にとって重要な事柄であるが、その視野の先に一鑑定業界の盛衰など何処にも無いと知るべきであろう。 データベースのクローズや役務負担の軽重など狭い業益に囚われていては、鑑定業界が見捨てられかねないと知るべきである。 不動産リスク研の報告書はまだ小さな芽であるが、鑑定評価が真に社会に根付くためには、決して見過ごすことのできない萌芽であろうと考える。
【参考:2008年度報告書全体版が末尾に示す各委員提示資料より、直接評価に言及する部分を抜粋】
※加藤委員提示(住友信託銀行 不動産金融ソリューション部)
 鑑定評価書・ER等デューデリジェンス資料に対する信頼性の向上・判断基準の共通ガイドライン化(チェック項目・ガイドライン・定量判断等検討)
※青沼委員提示(三菱東京UFJ 銀行 融資企画部)
 情報(データ・ベース)の整備
(1)不動産価格データの利用可能性の増大 実際の取引価格、地域細分化、不動産の特性
(2)証券化商品などの構成資産の詳細開示 評価手法の確立 標準的な、不動産評価モデルにより、確度の高い不動産価値のガイドラインの提示

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