駿河湾フェリー

05/23 最終理事会終了後は会長主催のお別れ懇親会が開かれました。 席上、一年間の聞きようによっては小舅的言辞の数々をお詫びしましたが、「もうあの小うるさい顔を見なくて済む!」というのが、執行役員の皆様の本音であろうと思われます。 心なしかホッとした笑顔を頂いたように感じました。

「全国各地の若手会員と話す機会は多かろうと思いますが、彼等は何を考えているのでしょう?」というお問いかけを頂くことがしばしばございます。 そんな時にはこんな風にお答えすることが多いのです。 「現状に対する不満の高まりは大きいと思います。 ただ、その不満が年配会員へ、士協会役員へ、あるいは連合会執行部へ向けられることに終始しているように思われます。」

不満の存在もその矛先も理解できます。改められなければならないことも多いと考えます。 でも何より肝心なのは、不満を他者のせいにし誰かが改めてくれるのを待つだけでは何も解決しないし、かりに多少は改善されたとしても、その改善は与えられたものであり自らがかち得たものでは無いと云うことです。 自らが自らの為に、同じ悩みを抱える者達の為に、一つずつ変えてゆこうとする姿勢が、自らをも変えてゆくことになるということに気付いてほしいと思います。

直ちに事業実績につながる特効薬など見あたらないと云うのは、古今を通じた真理です。そんなものがあるのであれば、誰もが実行することでしょう。 持ち時間の多さこそが若手の特権であるとすれば、三年後五年後を見据えて自らのスキルを向上させてゆくことが最も大事なことであろうと茫猿は考えます。 過去の成功体験から離れられない古参会員などは放っておいて、新しい成功体験を創出するのだという気概を求めます。

 人的ネットワークづくりは時間がかかりますし、独自かつ有効なデータ蓄積も時間を要します。 既存の鑑定評価基準を超えた鑑定評価スキルの向上も時間と弛まない努力が必要でしょう。 そのような不断の努力が自らの存在価値を確かなものに高めてゆくのだと考えます。 古参会員に無い物ねだりを期待するよりも、自分が業界や鑑定評価を変えてゆくという気概を期待するのです。 そんな話も飛び交った05/22 深夜に及んだ二次会でした。

 翌朝、急いで帰るほどの用もない茫猿は、なんのあてもなく在来東海道線の乗客となりました。 普通列車乗り換えで大船駅のフォームに漠然と立っていた茫猿の前に「特急:踊り子」が入線してきました。 何の脈絡もなく「ワサビ菜が出ている頃ではなかろうかな?」という誘いが浮かんだ茫猿は踊り子号の乗客となったのです。 降り立ったのは伊豆急修善寺駅です。

ところが駅前付近にはわさび漬けを販売する土産物店は多いのですが、生山葵は見かけても、山葵菜はみかけません。まだ時期が早かったのでしょうか。 そこで、西伊豆へ行って駿河湾越しの富士山を眺めたいと、これまた脈絡の無い考えにとらわれて、定期バス路線により西伊豆土肥港へと山越えの路をゆくのです。

 土肥温泉バス停で迎えてくれたのは若山牧水像です。 牧水と土肥温泉とのつながりは知りませんが、伊豆は放浪の歌人にふさわしい場所なのだろうと勝手に決めつけて昼食場所を探すのです。

 

 

 見つけた昼食場所は土肥温泉恋文川(土肥山川)沿いの「玉しげ」です。 恋文などというものに無縁になってから数十年、恋文川の名の由来などよりも空腹を満たすことを優先する茫猿なのです。 お店に入ったのは二時少し前、ランチタイムの喧噪を終えて昼休みにしようかと思案中の店主夫妻に迎えられました。 注文はビール、そして伊豆といえば地アジのたたき、女将は海鮮丼を勧めてくれましたが目にとまったメニューは、地魚カラ揚げです。

  地魚カラ揚げは、マダイ、イボダイ、金目タイのいずれも切り身カラ揚げ盛り合わせでした。 揚げたて熱々の白身魚はどれもサクサクと皮目が香ばしく、ビールが進む佳肴でした。 傍目にはそうは見えずとも、理事として上京することは気ぶせりなことが多いのですが、でも上京のオマケがこんな美味との出会いだと思えば、機会をいただいた会員の皆様にお礼を思いながらいただきました。 店主のお話では、その日の漁港水揚しだいで出せる魚がまちまちだから、「店主お任せ、各種地魚切り身の盛り合わせ」ということでお出ししていますということでした。 (熱々を食べるのに気をとられて、気付いたら皿の上の切り身はあと一つ、ということでカラ揚げの写真は無しです。)

 土肥港からは周囲の山並みに遮られて富士山は見えません。 天気模様は曇り空でしたが、1時間の駿河湾海上から望めることもありではと、微かな期待と帰りの旅程も考えて、土肥港から清水港へのフェリーに乗るのです。 海上は穏やか、1500tのフェリー「富士」は揺れることもなく、昨夜の呑み疲れに加えて、昼のビールは心地良い眠りに誘ってくれ、目覚めたら清水港に到着していました。 なんということもない西伊豆フラリ旅の顛末でした。

 『鄙からの発信』定番、修善寺の蓋です。

幾山河  越えさり行かば  寂しさの
終てなむ国ぞ  今日も旅ゆく  (牧水)
この一年間を総括するのは、もう少し先にしたいのですが、短いフレーズで一年間の感想を述べればこのようになりましょうか。 これらのフレーズは誰に向かってというわけではありませんから、誤解の無きように願います。
◎反対はするが対策は持たないし、提言しようともしない。
◎緩和策や応急処置に偏重し根本問題を先送りする。
◎意味不明な倫理に因果を責任転嫁する。
◎問題を細分化してより複雑にし、意図的に攪乱する。
◎和を尊ぶあまりに争いを忌避して問題を先送りする。
◎何もしないこと、不作為の罪を意識外におこうとする。
◎問題点が自らにどのように影響するかの想像力が無い。

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駿河湾フェリー への1件のフィードバック

  1. 福田勝法 のコメント:

    ””白玉の 歯にしみとほる 初夏の夜の 酒は静かに 飲むべかりけり””???換骨奪胎、失礼しました。

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