二つの書を読み終えて

二つの書とは、先に記事にしました「日本はなぜ『基地』と『原発』を止められないのか」《矢部宏治著:集英社インターナショナル発行》及び「永続戦争論・戦後日本の核心」《白井聡著:太田出版発行》という二つの書籍のことである。

二つの書籍を読み、国会の安保法案論争《自民党並びに主要野党の審議ではなく》、山本太郎議員並びに共産党と安倍政権との質疑応答において、戦後処理や戦後レジュームにおいて放置されてきた諸問題、隠されてきた欺瞞が明らかになってきた。というよりも多くの人々に、理解の深浅の差こそあれ、広狭の差こそあれ、共通に認識されるようになってきたと考える。

二つの書籍のうち、「永続敗戦論」は2013.03.27 初版発行であり、「日本はなぜ・・」は2014.10.29 に初版が発行されている。 もっと早く読むべきだった、特に永続敗戦論は早くから話題になっていたのに、手に取ろうとしなかったことを少し悔いている。

日本はなぜ・・」は2015.08.29付け記事で取り上げたから、ここではふれない。ここでは「永続敗戦論」について述べてみる。 永続敗戦とは何か、敗れ続けているとはどういうことかを述べてみる。字句通り読めば、永続敗戦とは負け続けるということである。刊行元の紹介文ではこのように云う。

1945年以来、われわれはずっと「敗戦」状態にある。
「永続敗戦」それは戦後日本のレジームの核心的本質であり、「敗戦の否認」を意味する。国内およびアジアに対しては敗北を否認することによって「神州不滅」の神話を維持しながら、自らを容認し支えてくれる米国に対しては盲従を続ける。敗戦を否認するがゆえに敗北が際限なく続く――それが「永続敗戦」という概念の指し示す構造である。今日、この構造は明らかな破綻に瀕している。

書籍紹介の惹句が意味することを一言で云えば、敗戦を終戦と言い換えることから始まるのである。敗戦を終戦と言い換えて実態を覆い隠すことであり、占領軍《米軍》、駐留軍、在日米軍と言い換えることで戦後七十年間も日本に存在し続ける米軍の実態を覆い隠し続けていることである。

《在日米軍基地について》
在日米軍については、沖縄の在日米軍基地がよく話題になるが、沖縄だけではなく米軍は全国に展開しているのである。北海道にはキャンプ千歳、青森県の三沢基地、東京都の横田基地、神奈川県のキャンプ座間、厚木基地、横須賀基地、千葉県の木更津基地、埼玉県のキャンプ朝霞、山口県の岩国基地、長崎県の佐世保基地などなどが存在している。 日米地位協定第2条第4項(b)に基づき、米軍が一定の期間を限って使用している施設及び区域を含めれば、本土合計99施設・区域 、面積794,480 千㎡に及んでいる。 それに沖縄県の 32施設・区域 、面積229,921 千㎡が加わるのである。 《防衛省が公表する在日米軍施設・区域別一覧より》

日米地位協定第2条第4項は以下のように規定している。《外務省サイトより》
4(a) 合衆国軍隊が施設及び区域を一時的に使用していないときは、日本国政府は、臨時にそのような施設及び区域をみずから使用し、又は日本国民に使用させることができる。ただし、この使用が、合衆国軍隊による当該施設及び区域の正規の使用の目的にとつて有害でないことが合同委員会を通じて両政府間に合意された場合に限る。

茫猿は岐阜県の各務原基地は米軍から返還されて、今は航空自衛隊各務原基地であると認識していた。しかし、日米地位協定第2条第4項を字句通りに読めば、米軍は一時的に使用していないだけであり、米軍の正規使用目的に有害でない範囲において、日本国自衛隊が臨時に使用しているに過ぎないと解釈できる。つまり各務原基地の米軍占領《占拠》は今も継続しているのであり、一時的な日本国政府の使用が認められているに過ぎないということである。69dcec945c9b1acd4f60767037ef7fcd

一朝ことある時、つまり有事の際はいつ何どきであろうと、各務原基地の米軍使用が可能なのである。これはまさに占領状態の継続そのもの以外の何ものでもなかろう。「日米安保条約は片務条約であり、双務条約に変わらなければならない」と安倍総理はことあるごとに言う。しかしながら、占領継続状態にあるとみれば、占領下においては片務も双務も無いのであり、一方的占領状態にあると言わなければならない。

全国に存在する主要な自衛隊基地の多くについて「米軍は一時的に使用していないのである」とすれば、この状態を放置することが如何なる意味を持つのか真剣に問い糺されなければならないと考えるのである。七十年を経た今「敗れたのだから仕方ないさ」で済む問題ではなかろう。沖縄を「不沈空母」と言ったのは中曽根元総理であるが、日本列島そのものが「米軍の不沈空母状態」にあると云ってよかろう。

《戦後レジューム脱却と憲法改正》
負けたことを言外に認めない。安倍総理の云う「戦後レジュームからの脱却」が永続敗戦の終結を意味するのであれば、それなりに評価できよう。しかし安倍総理の「戦後レジュームからの脱却」は、戦前回帰につながるものであるとすれば、容認できるものではない。それは総理が国会審議などで度々言及する自民党憲法改正案《2014.04.27決定》を読めば容易に推察できることである。改正案は、国旗・国歌の規定、自衛権の明記、国防軍の保持、家族の尊重、環境保全の責務、財政の健全性の確保、緊急事態の宣言の新設、憲法改正提案要件の緩和 などを謳っている。

茫猿は現行憲法を評価する立場にたつ。特に憲法前文《言い回しについて多少の違和感は感じるにしても》を評価するものである。 しかしながら、九条二項《戦力不保持》については、現状《明らかに戦力である自衛隊の存在》との齟齬があり、改正されるべきだと考えている。この齟齬を放置し続けることは、解釈改憲を容認することであり永続敗戦を続けることである。

九条二項を
『陸海空軍その他の戦力は、我が国の平和と独立を守り、国の安全を保つため、国土と領海の専守防衛を任務とし、必要に応じ、自然災害から国民を守る任務に当たるものとする。(専守防衛任務と災害復旧任務)』と改正し、国民投票を経るべきである。
そのことにより、米国占領下における押付け憲法という批判も、国民投票と経ていないと云う成立時《欽定憲法の改正》の”ある種の瑕疵”も解消され、行き過ぎた解釈改憲状態を正して、憲法の正統性が回復されると考えるのである。

警察予備隊創設《1950年創設》それに続く保安隊、そして自衛隊創設に至る解釈改憲状態を長らく放置してきたことが、現在の安保法案審議における混迷を招いているのであり、正すべきは真っ当に糾されなければならないと考えている。そのうえで《日本国の主権のもとで》、必要な米軍駐留や補給基地、寄港を認めてゆけば良かろうと考える。当然のことであるが日米地位協定を正当なものに改正して、日本の主権下において駐留する米軍であることが明記されなければならないと考える。

《補足》
近々に参議院強行採決が予想される安保法案は、自衛隊が米軍指揮下にあることを明らかにするものであると考える。ここでも「兵站補給作戦」を「後方支援」と言い換えている欺瞞が存在する。

TPP交渉の最大の問題点は、関税撤廃でも輸入制限撤廃でもなくて、非関税障壁の撤廃であり、貿易に止まらない消費者保護の為の数々の国内規制をグローバル化することであり、グローバル企業の活動の自由を認めることである。

原発再稼働《数年間休止していた老朽原発の再稼働は、それ自体が危険なことであろう》は電力のベースロード問題よりも、国内に蓄積されているプロトニウムの管理問題であろう。

沖縄の普天間基地辺野古移転問題は、永続敗戦状態を如何にして脱却するかということに帰結する問題であり、米軍のリバランス問題《配備再編成》なのでもあろう。

 

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