修学院離宮・その1

《2016.07.05》京都市左京区洛北東に所在する修学院離宮を訪ねてきました。ことは2016/06/8に始まります。その日の深夜に茫猿はNHK・BSで桂離宮を紹介する番組を見ていました。見ていたら、実際に桂離宮を参観したくなり、ネットで参観申し込みをしたところ、運良く申込抽選に当たり参観許可がメールで三日後に届きました。桂離宮がOKになったのなら修学院離宮も参観したいと、またまた思い立って申し込みましたら、こちらもOKになったのが2016/06/13のことです。

申込順とは逆に2016/07/05に修学院離宮参観《申込は06/10  21:38》、2016/09/07に桂離宮参観《申込は06/09  03:22》という日程になりました。桂を見るなら修学院もと考えたのには、理由が二つあります。一つは桂離宮・参観申込同行者に家人が登録してあり、届いた参観許可通知を家人に見せたところ、とても喜んでくれたこと。 もう一つは桂離宮は当然知っていましたし、いつかは参観したいと考えていましたが、修学院は学生時代に下宿していた場所であり、離宮にも馴染みがあったからです。馴染みがあったと云っても、当時は今のように参観が許されていたのか記憶がありません。許されていたとしてもアルバイトに忙しい貧乏学生の身であり、iNetなど無い時代に往復葉書を出してまで参観を考えることなどなかったのでしょう。

京都で最初に下宿したのが叡電修学院駅からほど近く、修学院離宮道にも近い左京区山端川端町でした。その後は一乗寺西浦畑町の曼殊院道沿いの農家二階の下宿でした。下宿の前からは南西方向に緩やかに下っている水田越しに、修学院離宮の杜や比叡山が見えていたと記憶します。そんな半世紀も前の頃を懐かしく思い出して、修学院離宮や一乗寺下り松の辺りを歩いてみたいと考えたのです。

前夜の雨も上がり梅雨半ばの晴天となった7月5日の朝、参観集合時間に合わせて09:30に我が家を出発した茫猿は、JR大垣駅近くの駐車場に車を停めて10:11発の米原駅行きの普通列車に乗車します。最近の茫猿は岐阜羽島駅から新幹線を利用するよりも、大垣駅から京都行きシャトル切符《往復購入・大幅割引切符》を利用するのです。米原駅で新幹線に乗り換えて京都駅に着いたのが11:44です。米原駅では、もう一便早い新幹線もありましたが、加齢を自覚する我等老夫婦は、ゆっくりとキオスク・コーヒを楽しんで旅するのです。

京都駅でも時間距離短縮よりも旅費節約を優先する茫猿は駅前より市バスに乗ります。烏丸通、四条通、平安神宮、永観堂、銀閣寺を経由する東山観光路線でもありますが、もう一年以上前に友人が終末期をおくるホスピスへ向かった道筋でもありました。バスが修学院離宮道に着いたのが12:50頃、参観集合時間の13:30 までは余裕があったのですが、音羽川沿いの登り坂道はこの頃足弱になった家人には少し辛くて、修学院門前に到着したのは13:20になっていました。朝食を済ませて家を出た茫猿はともかくとして、家人はここまでコーヒ一杯を口にしただけです。

参観受付を済ませて参観者待合所へ向かいますと、我々一行が最後の集合者のようでした。待合所には二十数名の人たちが離宮紹介ビデオを見ながら休憩していましたが、眺めたところ茫猿より年配と見受けられる人は僅かで、多くは五十代六十代とおぼしき人たちでした。待合所横の自販機で飲み物を購入して参観スタートです。《参観途中では自販機は無く、ここで購入持参しないと水分補給はできません。

後から考えてみれば、梅雨末期の七月初め、山麓の庭園巡りとはいえ、日陰の少ない登り降りする道を約90分間、若干の休憩時間を含むとは云え、気温30度を超える昼下がりに歩くのです。七十前後の老夫婦には、いささか辛い道行きでした。途中で一度か二度ほど弱音をはく家人を励ましながら、それでも歩き通すことができました。

参観の詳細は、続編記事に述べることとして、参観を終えて離宮を出た茫猿一行は門前に停車するタクシーをつかまえて、遅い昼食場所へと向かいます。昼食は家人の希望である錦市場にほど近い場所で麺類をと考え、麩屋町三条上がるの河道屋晦庵に向かいます。麩屋町御池でタクシーを下車し、晦庵へ向かう途中では、名代の京宿・柊屋と俵屋が麩屋町通りを挟んで向かい合います。一度は泊まってみたい二つの宿ですが、実現する機会はたぶんやって来ないでしょう。《喜寿の祝いに息子たちがプレゼントしてくれないかなとも夢想しますが、一度だけのお泊まりでは茫猿と云えども気後れしそうです。家人などは嫌がることだろうと思います。》

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河道屋晦庵で美味しく季節蕎麦昼食を頂いた茫猿一行は、三条通から寺町通を抜けて錦通り《錦市場》へと向かいます。寺町通りは祇園祭の提灯が飾られ、祇園囃子の音もかすかに聞こえてきます。祭りの鉾建ては七月十日からとのことであり、数日の違いで山鉾が見られなかったのは少し残念でしたが、同行する家人の疲れを思えば、それも佳しとすべきでしょう。なにせ、修学院離宮道、離宮苑内、そして京都町筋を合わせれば6kmいや有に7kmは歩いたことでしょうから。
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錦市場ではインバンドの人並みをかき分けて、買い求める品は決めてあります。ウチダにて樽出しの”高菜ヒネ漬け”と”水茄子漬物”、それに伊予又かまる伊で佳いものがあれば鱧、そして”有次でシロップ用の甘露杓子”です。甘露杓子は孫がやって来た時にと用意してある梅シロップを保存瓶から掬い出すためのものです。9101-810228

漬け物と杓子は予定どおりに買い求めることができましたが、鱧は止めました。時間が遅すぎて良い品が残っていないことと、祇園祭期間に入っていて値段が高過ぎるので、「せっかく旅費を節約したのが無駄になる。」と家人に止められたのです。

途中休憩は結構とってはいますが、山麓の庭園めぐりに、寺町と錦通りの雑踏歩きと、相当に歩いた一日ですから、家人を労るを口実に四条通大丸横のイノダコーヒでしばらく休んでから、地下鉄で京都駅に出て往路と同じルートで帰途につきます。イノダコーヒは学生時代から親しんだ喫茶店であり、店構えは変わっても若き日の一コマを思い出す店です。《都心では珍しく喫煙可であり、ゆったりとした店内は落ち着きます。》
修学院離宮・その2へ続く

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