2016X’mas 止揚学園にて思う

先号の止揚学園クリスマス祝会に続く記事です。この記事は書くか否か迷いました。今も掲載を迷っています。でも伝えるべきことと考えて記し、掲載します。

この日  止揚学園クリスマス祝会に集まった人たちは、止揚学園の園生、学園スタッフ、父母の会《今や兄弟姉妹の会》、多くの支援者の皆さん《東寺のお坊さん、友好施設の関係者、近隣の支援者などなど》、そしてもう一つのグループである。

もう一つのグループと色分けするのは不適切かもしれないが、あえて茫猿はもう一つのグループと云うのである。もう一つのグループとは、還暦を迎えた人もいる園生たちよりもずっと若い《二十代前後?》知能に障がいを持つ息子や娘を伴った親御さんたちである。

親御さんたちはこんな挨拶をされる。「学園をお訪ねすると、いつも楽しい時間を過ごさせていただきます。今日も家族皆で楽しく和み笑わせていただきました。私たちは七十を越えようとしていますが、先に何も不安はありません。私たち夫婦がいなくなっても、娘は学園で楽しく暮らせると思えばなにも心配はありません。」 そして娘さんは拙いながらもしっかりと学園の唄「ゆっくり歩こうよ」を歌われるのである。20161225yukuri

茫猿が学園で涙したことは一度もないけれど、このお嬢さんの唄を聞きながら不覚にもハンカチを眼に当てていた。もう四十年も前に幼くして此の世を去った娘のことを思い出し、このご両親の思いはそのまま私の思いなのだと涙したのである。

この話しには少し注釈がいる。止揚学園は児童福祉施設としてはじまり、その後に園生の全員が18歳に達したとき成人施設となって今に至っています。学園には法などで定められた定員があり、施設やスタッフの限界からも入園希望者全ての希望を叶えることはできません。《誤解を招きかねない云い方ですが》欠員ができる都度、新しい園生を迎えています。そして毎年、新しい仲間を迎えています。

このことは冷厳な学園の一面です。決して、学園には何の責任もないけれど厳しい現実なのです。自らの老いと子供の将来に不安を抱く親たちが、何の不安も無く子供を託せる施設がもっと増えなければいけないのです。第二第三の止揚学園が増えてゆかなければいけないのです。

今の日本には児童福祉施設は充実しています。成人の自立支援施設も充実しつつあります。しかしながら、学園のように知能に重い障がいをもつ人たちが安心して生涯を暮らせる施設は、まだまだ少ないのです。
《福井達雨先生の書、”見えないものを”(大切に)》e0076374_19343694
《最後に、季刊誌止揚第2号2016秋より抜粋引用します。》

『生命のことを思う時、今年の七月二十六日、障がいをもつ人たちは「不幸を作ることしかできません。」という思い込みのもとに、たくさんの生命が奪われた相模原の悲しい事件とも向き合っていかなければなりません。

犠牲者の方々の悔しさ、そのご両親、関係者の皆様の心の痛みを思うと、言葉も出てまいりません。悔しさ、そして悲しみの渕にある皆様のことを心よりお祈りしております。』

『私たち止揚学園は本当に小さなグループです。しかし、目指していかなければならない社会がどんなものかを知っています。それは、全ての生命を尊いものとし、守っていこうとする社会です。

その社会を実現しようと仲間たちは私たちの心を一つに繋げてくれます。仲間たちが心を一つに繋げてくれるという事実こそが、仲間たちが社会の中で現実に活躍しているということになるのではないでしょうか。』 《以上、「生命の重さを感じましょう」(福井生)より抜粋引用》《仲間たちとは、止揚学園に暮らす園生たちのこと。学園では彼等のことを仲間たちと呼んでいる。》

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