木槌、西行、T. Kikuchi

断捨離とか終活だとか言いながら、捨てられないものがある。もう古びていて、他人が見れば処分止む無しと思うのだろうが、私には愛着があって捨てられないものがある。

「おふくろの木槌」
納屋の隅に転がっている古びた木槌である。今も畑の支柱竹打ち込みなどに使っている。昭和20年代に母親が裸電球の下、夜なべ仕事の藁打ち《わらうち》に使っていた木槌である。この磨り減った木槌を見れば、納屋の土間に筵《むしろ》を敷き藁を打って縄や俵を編んでいた母の姿を思い出す。母の汗や時には涙もしみ込んでいるかと思えば、とても捨てられない。

「親父の蔵書」
西行、芭蕉を中心にして良寛や秋櫻子、楸邨、和泉式部、古今和歌集、新古今、句集などなどである。別の書棚には法然や親鸞、蓮如など仏教関連の数々、いずれもハードカバーである。たまには書棚から抜き出して読んでみようかと思えど、手に取ることはない。現役を引退してから、親父が買い集めた数百冊の愛蔵書であると思えばとても処分できない。

身体に馴染んだメッセンジャーバッグ東京出張の帰りに立ち寄った八重洲大丸で買い求めたと記憶する。肩掛けベルトはほころびが目立つけれど、なぜか捨てられずに今も愛用している。その後に類似するバッグを幾つか買ったけれど、これに優る使いやすいバッグは得られず、どれも今は残っていない。バッグの内側に縫い付けてあるエンブレムは「TAKEO KIKUCHI」とある。試みにネット検索したら、類似品が出てた。使用頻度も低くなったから現品使い切りと思っていたけれど、買替更新も考えてみるか。

《追記》
夕暮れからの時雨のなか、毎月恒例となった血糖値検査に自宅近くの医院へ出向く。知り人に出会う。彼は恒例の血圧検査だと言い、隣の薬局にて我と同じように生涯の友となった投薬を受ける。薬は常より一週間分多い。正月用だと薬局員は言う。医院にて持病を抱える知り人に会い、投薬量にて正月を知る暮れである。
◎ 常よりも  薬錠増え  正月しる  《茫猿》

 

 

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