地球最大の哺乳類

 地球上の人類という哺乳類の総数が、99年10月に60億に到達する。1960年に30億人に到達した世界人口は以後39年間で倍増したわけである。この間の増加率は年平均1.3%であり、毎年8千万人強、日本人口の2/3が増加している。


 環境問題が俎上にのぼって久しく、「地球環境に優しい」というフレーズが企業も行政も市民社会においても合言葉になっている。しかし「地球に優しい」という用語は正確なのであろうか。本来、存在そのものが「環境=地球」にとって悪であるような存在は、何をどう言い繕ったとしても「優しい」とはならないのではなかろうか。つまり、己の存在そのものが地球にとって今や迷惑な存在である我々は、「人類である前に地球上の一生物として如何にあるべきかという厳しい視点が欠かせないない時期に至っている」と思うのです。
 ビッグバンによって宇宙が誕生して以来の期間は諸説あるものの、200億年前後というのが定説になりつつある。地球を含む太陽系がこの現宇宙の片隅に位置する銀河系の、そのまた片隅に誕生してから約46億年が経過したと云われる。この広大な宇宙ではありふれた星だといわれる地球に、原始生命体が誕生したのは、地球誕生後約10億年後と云われる。地球誕生の日を元旦だとすれば、3月末頃のことである。
 その後、ストロマトライトが大繁殖して、現在の地球大気に近似した大気を組成したのが15~20億年前、6月初めの頃のことである。しかし、まだ地球大気中の酸素分子は現在の1/10以下であった。以後、シダ類が栄えて石炭の素を作り、脊椎動物が誕生し、は虫類が栄え、哺乳類が誕生し、アンモナイトが大繁殖したのが2億年前、既に12月の半ばを過ぎているのである。
 恐竜など大型動物が巨大隕石とも、急性伝染病ともいわれる何かの理由により絶滅したのは6500万年前、クリスマスの頃のことである。原人類が地球に現れたのは 300万年前、大晦日の夕方のことである。現存する人類の唯一人の母イブがアフリカの大地溝帯に現れたのは、諸説在るにしても除夜の鐘が鳴り出してからのことである。永い地球の歴史のなかでほんのつい最近に誕生した人類が、総数60億に到達することの意味を改めて問い直してみたいと考えるのです。
 この地球上に体長1m以上、自重50kgの生物が、一種類で60億も存在した歴史はかつてあったのだろうか。小昆虫や小魚ならいざ知らず鯨や象や虎やマンモス、或いは恐竜が60億頭も存在したとはとても信じられない。食物連鎖からしても捕食範囲の確保という視点からしても、大洋中の鯨類の生息可能頭数からしても億を超える頭数の生息は考えられないのです。さらに、この人間という生き物は自重を1tにも2tにも、体長を5mにも10mにも大きくして地球上を闊歩し、移動と生存のために膨大なエネルギーを消費しているのである。(車や船や飛行機を利用して移動し、体積を大きく上廻る居住空間を確保している)
 その種の存在そのものが、地球にとって大きな負荷であるという意味はこの点にある。そして40数億年にわたって形成された酸素や化石燃料を、数百年に満たない期間で消費し尽くそうという種の存在は、いかなる意味があるのだろうかと考えるのである。決して悲観主義者である訳ではありません。しかし、自分がそういう種類の生物の60億分の1であることの意味を、時には考えてみたいと思うのです。地球上の生物はその歴史のなかで、恐竜もアンモナイトもカンブリ
ア紀の無脊椎生物も大繁殖と絶滅という歴史をもっているわけです。人類がその範疇の外にあるという保証はどこにもなく、さらに大繁殖から絶滅に至る期間は新しい種ほど短くなっているという歴史の証明もあるようです。現に人類の増加率は近世に至るほど加速度を増しているのであり、遠からず90億から百億人になるだろうと推測されているのである。
秋の夜長に、百億とは云わないまでも60億の民が、冷暖房完備の家に住み自動車を乗り回し飽食にふける時の、地球の姿を想像してみようではありませんか。

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