デジタルデバイド

 強者が益々強くなり、弱者が益々弱くなる。
USAにおいてパソコンとインターネットの利用者と非利用者にみられる現象だとのことである。インターネットを利用できる環境にある者は益々向上し、そうでない者は置き去りにされるという様なことのようである。(デジタルデバイドは末尾参照)
マイノリテイとマジョリテイとの間にある格差がさらに拡大する側面、パソコン&インターネット世代とそれ以前の世代の時流に載れる者と載れない者の格差などなどである。
 確かに、最近のインターネット利用効率というか利用効果の向上は目覚ましいものがある。インターネットだけで生活が可能かという実験が海外で行われているという報道を目にしたのは最近のことであるが、日本でも宅配サービスやコンビニとインターネットを組み合わせて利用すれば、Webだけで生活が可能な状況が近づいている。


 書籍も事務用品も生鮮食品も、車だってWebを通じて購入することが出来るし、配達と代金収受は宅配業者が行ってくれる。茫猿も書籍購入や遠隔地の海産物や珍味はWebを通じて購入することが多くなっている。ネットバンキングやネットトレードも身近になりつつある。
※大手証券会社がネット取引に遅れをとっているのは、多数抱えている営業職員の配置転換に対応しきれないからと云う説もある。
 ところで、書籍購入に特に不満はないが、産地直送の生鮮食品には時には問題有りと思うことがある。しかし、そんな場合でもWebの主宰者宛に苦情メールを送ると、いつかその産地業者はWeb上から消えている。又は、改良のメッセージが掲載されている。多分、私以外のWeb利用者も同じ行為を繰り返すだろうから、悪貨は次第に淘汰されてゆくのだろう。
 又、あまりにも不良業者が多ければ主宰するWebそのものや配達と代金収受を行う宅配業者の業績にも反映してくるだろうから、それなりのチェックは行われているものと考えてよいだろう。昨年の東芝クレーマー事件に見られるように、インターネットの影響力は非利用者が思うよりも大きいのである。
 日常生活以外にも、Webは仕事に大いに役立っている。メールによる情報の伝達以外にも、ホームページは勿論のこと、メーリングリストやメールマガジン(ニュース)から多くの最新情報を得ることができる。最近では、ゼネコンの販売用不動産の強制減価についてや定期借家制度創設に伴う色々な知識をメーリングリストから入手した。
 辞書だって、厚い本を棚から引き出さなくてもCDROM化しているし、Web化も進んでいる。これらの便利さを享受する者とそうでない者の格差が今後拡大する傾向は否めないであろう。
 そういう意味からは、同報性が高く、送信相手の状態を斟酌する必要がなく(寝ているとか、食事中とか、来客中とか)発信記録が確実に残せて、言った言わないのトラブルが起きることが通常は考えられないEメールやメーリングリスト等の利用価値は高いと思う。
 何せ、リストのメンバー百人の内一人でも千人の内一人でも、価値ある情報を発信すれば、発信した瞬間に百人千人全体の共有情報になり得るのだから凄い。無価値情報の発信すらも、それが無価値であるという返信又は有害・誤解であるという返信情報が瞬時にWebを駆けめぐる訳だから、それなりの意味を持つわけである。
 しかし、このWebの外にいれば、まさに蚊帳の外という訳で、隣の世間は何する人ぞという状況に陥る。経済的に或いは能力的にパソコンとインターネットの世界に参入できない人々をどのようにしてサポートしてゆくかは今後の大きな課題であろうと思うが、それ程に心配することは無いかもしれない。電話やファクシミリや携帯電話の普及速度がある普及率時点からは加速度を増したように、パソコンとインターネットの参加普及率も同じような経緯をたどる可能性が高いと考えられるからである。
※経済的環境は兎も角として、能力的には50歳以下のPC喰わず嫌いは見かけなくなったが、50歳以上の頑固者は相変わらず多いのである。この頑固者が、自分だけWebの世界やEビジネスの世界に入ってこないのは構わないが、得てして他者の参加に対しても足を引っ張るから困るのである。Web嫌いは自分独りで寝てろ、頑固者め。
 携帯電話がIモード対応になったように、家庭や若者の間ではパソコンからプレイステーション2に移行する可能性が囁かれているように、普及率があるレベルに到達すると、機材や通信費が飛躍的に低価格化し使用方法も格段に容易になることが、過去の通信手段発達の過程から十分に予測できるのである。
※忠犬ファックスと、当時のおじさま達が揶揄されたのは、つい十数年ほど前のことである。忠犬ファックスとは、ファクシミリを送るという電話を受けたら、届くまでファクシミリの前で待っているオジサンのことを云う。今時はいないが。当時はファクシミリを送るとか送ったとか云う電話が多かったし、ファクシミリで失礼ですがという挨拶もあった。そうそう、三十年前は電話で失礼ですがという挨拶が横行した。最近では、Eメールで失礼ですがというようなものである。
 さて我が鑑定業界では、このデジタルデバイドには、どのように対応したらいいのだろうか。コンピューターを利用した鑑定評価は鑑定ではないと嘯く輩をどうしたらいいのだろうか。 日、暮れて、道遠し。
【デジタルデバイドについては、後藤貴子の米国ハイテク事情参照】
http://www.watch.impress.co.jp/pc/docs/article/991020/high01.htm
以下は上記Webからの引用です。(途中略)
 こうしてハイテクのわかる移民は、米国社会の中~上流に簡単に入ってしまえるようになった。それでは“底辺の移民”という図はなくなったのだろうか。そうではない。今度は、ハイテクがわからない移民やマイノリティが底辺に置いてきぼりにされるようになりつつある。
 例えば、昨年夏の米政府の調査(「FALLING THROUGH THE NET II:NEW DATA ON THE DIGITAL DIVIDE」)は、米国人の間にハイテクへのアクセスや知識を持つ者と持たざる者の格差--「デジタルデバイド(デジタルによる分かれ目)」--が広がりつつあることを明らかにした。その調査によれば、ヒスパニック(中南米からの移民が多い)や黒人は、パソコンの保有率やインターネット加入率が白人やアジア系より低く、ハイテクからより遠いところにいた。ヒスパニックや黒人にも裕福な層はあるが、全体的に見るとやはり貧しい層が多い。
 これまでは、どんな人種でも移民はみな同じような低い場所から出発し、上の階層にはい上がっていった。ところがハイテク社会では、ハイテク知識の有無で、出発地点もリッチになれるかどうかも決まってしまう。移民とWASP(アングロサクソン系プロテスタントの白人)に代表される米国人の格差が縮まったかのように見える中で、移民・マイノリティ同士でのデジタル格差が開きつつあるというわけだ。

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