取引価格の開示-2

【茫猿遠吠・・取引価格の開示がもたらすもの・・03.12.01】
先号に引き続き、取引価格の開示は鑑定業界に何をもたらすであろうか。
考えてみたい。ことは一鑑定業界に止まらないが、とりあえず、鑑定評価の視点から考えることとする。


1.情報開示に関連して先行する組織
前稿でも述べたように、取引価格の開示は価格情報がより入手しやすくなることから不動産市場のさらなる透明化をもたらすであろう。
特に、相続税路線価や固定資産税路線価と開示取引価格をリンクさせた地価情報サービスが始まるであろう。このサービスは多分無料でインターネット上で行われるであろう。
既に、相続税路線価はインターネット上で情報公開されており、ブロードバンド接続が当たり前となったインターネットでは、大量情報を軽快に利用できる状況が実現している。固定資産税路線価は自治体窓口での公開に止まっているが、(財)資産評価システム研究センターが路線価情報の集約を始めており、ネット上での公開は時間の問題であろう。
さらに、取引価格情報が地理情報システム(GIS)を利用して、ネット上で公開されれば、この三者をリンクさせるのにそれ程の困難があろうとは思えないからである。既に(財)土地情報センターでは、十年以上前から、全国の土地取引動態情報(取引価格を含まない不動産所有権移転情報)を収集蓄積している。
この件は悉皆調査関連で、『鄙からの発信』で何度も取り上げていることでも
ある。
精度の高い取引価格情報の大量供給と、さらに精度を高めてゆくであろう路線価情報がリンクする世界では、単純な地価情報は無料で提供されるのが当たり前となろう。
2.社会の目線
折しも、03.11.29付け朝日新聞土曜特集版では、「不動産の取引価格公開・民間ではオークション、国交省は法制化」と題して特集を組んでいる。
その記事中で「業界は腰がひける」と見出して、「そもそも業界の閉鎖性、分
かりにくい仕組みにうまみがある」と関係者談話を紹介している。
また、「とくに、価格情報の収集が業務の中核である不動産鑑定士にとって、公開は深刻な問題だ。」とも記者はコメントしている。
「不動産鑑定士の業務中核が価格情報収集である」ことは、一面の真理ではあるが表現が正確ではない。「価格情報収集を抜きにして、不動産鑑定評価業務は成り立ち得ない。」であろうし、中核業務は収集した価格情報を的確に分析して精度の高い評価格に到達することにある訳で、価格情報収集は鑑定評価のスタートラインではあるが、ゴールではない。
しかし、「精度の高い多くの取引情報を有しているのは不動産鑑定士です」と云って、業務拡大を行ってきたのも否定できない事実であるし、時にはそれのみに寄りかかってきた側面もあながち否定できないことであろう。
財団法人資産評価システム研究センター(総務省外郭)
http://www.recpas.or.jp/
固定資産税路線価等公開情報の集約化について
http://www.recpas.or.jp/news/rosenka0000.html
財団法人土地情報センター(国土交通省所管)
http://www.lic.or.jp/
〇国土利用計画法関連業務
・土地取引状況調査統計分析業務
・土地取引規制実態統計分析業務
3.情報公開と地価査定
土地(更地)のみの価格査定あるいは時価把握は、インターネットをツールとして、迅速化、的確化、容易化、無料化が、どんどん進んでゆくであろう。
その観点からは単なる地価査定業務は必要なくなるか、一段の報酬低廉化が進むであろう。 つまり、更地時価(土地のみ、空き地の価格といってもよかろう)の調査は、誰でもがインターネット上で容易にかつ相当程度正確に把握できるようになるであろう。
とは云っても、複合不動産(建物とその敷地から構成される不動産、立木を
含む山林取引も同様である)については、それほど単純ではない。
先ず複合不動産取引価格情報について、その取引価格の構成部分である建物と敷地それぞれを正確に分離する必要がある。これが簡単なように見えて正しく分割するのは結構難物である。さらに時価を知りたい土地建物から構成される複合不動産についても、同様のことが云える。複合不動産どうしの比較はさらに難物であり、不動産鑑定士といえども容易ではない。
4.鑑定士のグループ化、協業化が避けられない。
前号でも述べたように、既に鑑定評価業務の二極化は相当に進んでいる。
固定資産税評価関連業務や時価会計関連評価業務のような大量一斉評価業務と、証券化に代表されるデューデリジェンスを含む単体詳細評価業務に分離しつつあると云える。その中間に位置すると云える、公共事業用地取得関連評価や担保物件評価などの業務量は減少しつつあり、この傾向はさらに加速されるであろう。
大量一斉評価業務と単体詳細評価業務は似て非なるようにみえる。
しかし、両者には多くの共通点が認められる。
一つは、内容と方向は違うが、両者ともにコンピュータを利用した迅速高度な処理能力が問われることである。ノウハウとソフトと置き換えてもよい。
もう一つは、業務委託者が金融都心に限定されることである。評価対象不動産は量の多寡を問わなければ、全国にまたがるが、業務発注者は東京都心に大半が存在するであろう。
この特徴的な二点を充足しようとする鑑定受託者は、鑑定評価能力と同時に、ノウハウ・ソフト開発能力、ネットワーク維持能力、情報収集蓄積能力などが求められ、それには人的充実や資金的充実が必須条件であることは云うまでもなかろう。すなわち、不動産鑑定士の協業化とグループ化が避けられないといえよう。
5.他の資格業界に於ける協業化状況
資格業種の協業化は何も鑑定業界だけではない。弁護士業界も税理士業界も時代趨勢を反映して協業化が進みつつある。公認会計士に於ける監査法人は制度創設以来からのものであるが、弁護士に於ける弁護士法人制度発足、税理士に於ける税理士法人制度発足と同様に、不動産鑑定士も鑑定法人化が避けられない潮流であろう。
ところが不動産鑑定士については、残念なことに不動産鑑定士法が未制定であり、「不動産の鑑定評価に関する法律」が存在するのみである。
同法のなかで不動産鑑定士は鑑定法人を設立する法的根拠を与えられていないが、株式会社や有限会社等の商業法人の設立は認められている。
というよりも、商業法人が不動産鑑定評価に関する業登録を行うことが認められている。
法は専任の不動産鑑定士をおけば(常勤雇用すれば)、原則として誰でも不動産鑑定評価業務を行えると規定している。
これは、一面で鑑定業界に深刻な影響をもたらしており大法人(銀行、不動産会社、その他の営利法人)が、鑑定評価業登録を行い、企業の一部門として鑑定評価業務を行うことを可能としており、鑑定評価が本来果たすべき役割を遂行できるかどうかについて社会の信頼を勝ち得難い理由の一つとなっている。
代表者や資本主が不動産鑑定士でない企業に公益性が乏しいのは一面でやむを得ないことでも有ろう。
6.実態としての鑑定法人(鑑定法人実現化の道)
云うまでもないことであるが、鑑定法人で有れば直ちに公益性が高くなり社会の信頼が増すと短絡したことを云うつもりはない。鑑定法人として法的な担保やより高い倫理性の追求が可能であろうと、茫猿は云うものである。
せめて、不動産鑑定士のみが出資し不動産鑑定士が代表責任役員となる株式会社等が鑑定法人の代替組織として機能するようになれば事態は変化するであろう。
不動産鑑定士法の制定が困難であるのならば、せめて鑑定協会を組織変更して、不動産鑑定士のみにて構成する組織に改編すればよかろう。そのなかで会員資格の一つとして鑑定法人たる条件を充足する法人には法人会員資格を認めれば多くの問題は事実上解決すると考えるのだが、実現は無理であろうか。
不動産の鑑定評価に関する法律
http://www.morishima.com/cgi-bin/k_data/pdf/bin/bin031130124511004.pdf
弁護士法:第三十条の二
弁護士は、この章の定めるところにより、第三条に規定する業務を行うこと
を目的とする法人を設立することができる
http://www.morishima.com/cgi-bin/k_data/pdf/bin/bin031130124529004.pdf
税理士法:第四十八条の二
税理士は、この章の定めるところにより、税理士法人を設立することができ
る。
http://www.morishima.com/cgi-bin/k_data/pdf/bin/bin031130124547004.pdf
・・・・・・いつもの蛇足です・・・・・・
取引価格開示を間近に控えて、茫猿が何を云いたいかというと。
鑑定評価制度創設以来、最大の環境変化ともいえる価格開示制度発足を控えていながら、鑑定協会や鑑定業界に変化に対応する動きが見えてこないことに危機感をもつのである。
何とかなるであろうとか、国交省は見捨てないだろうとか、地価公示がある
限り大丈夫だろう、といった楽観的・希望的・我田引水的予測は持てないのである。
制度発足以来初めてである右肩下がり十数年継続といった業務縮小時代も、幾つかの神風に後押しされて生き延びてきた幸運な鑑定業界であるが、今回の環境変化は業務量の減少とか業務内容の変化などには止まらないと考える。
茫猿にしても、大量一斉評価やDCF法については押っ取り刀で勉強し、付け焼き刃といえども何とか対応してきた。しかし、大量一斉評価処理は統計解析を背景にしなければ精度が高くならないし、DCF法についても金融工学的知識やノウハウの背景が求められるものである。
それら統計学や金融工学は、不動産鑑定士独特のものでなく社会に普遍的なものであり、それらを使いこなす知識・能力・経験は鑑定士だけのものではない。業際に存在する他の専門家の方が高い能力を持つといえよう。
DCF法は鑑定評価固有の手法ではなく、もとをただせば金融業界において開発されたものであり、現に賃貸借契約内容を与えられれば、業際に位置する専門家は鑑定士(自戒を込めて茫猿と置き替えて下さい)などより、精緻な分析を行えるであろう。
大量の取引価格だけでも、ましてその他の公開情報をリンクさせれば、統計解析に練達堪能な業際に位置する専門家は、鑑定士(自戒を込めて茫猿と置き替えて下さい)などより、精緻な取引市場分析を行えるであろう。

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