この二月に随分長いこと付き合ってきたマッキントッシュとおさらばした。
マッキントッシュとは最近はiPodで元気なアップル社製のパソコンのことである。(参照)
茫猿の事務所や自宅も今でこそDOS-V機が全盛であるけれど、茫猿のパソコン人生はN5200に始まり、続いてマックの時代が長かったのである。
茫猿がパソコンと始めて出会ったのは、もう二十数年も前になるだろうか。
当時、「40歳までにパソコンに付き合わないと、上手く付き合えなくなるだろう」と、考えていました。書院、オアシス、文豪などというワープロ機が全盛時代を迎えようとしていた頃ですが、どうせキーボードに付き合うならタイプライターみたいなワープロよりも計算能力に優るパソコンと付き合おうと考えていたのです。しかし、80年頃のパソコンはワープロ機能がとても貧弱であり、鑑定評価の業務用としては使い物になりませんでした。
そんな中、確か82年だったと記憶しますが、日本電気からN5200というパソコンが発売されました。N5200はこのマシンでしか動かない LANシリーズ という優秀な統合ソフトを持っていました。今で云うマイクロソフト・オフィスのようなものです。LanWord、LanPlan、LanFile、LanDrawなどというシリーズだったと記憶します。LanWordはNEC文豪の流れをくみ、LanPlanはご記憶の方も多いと思いますがMultiplanのクローンです。
写真でお判りのようにフロッピーディスクが8インチでして、とても嵩ばりますし、何よりもペラペラとしていてフロッピーたる由縁を実感できました。モニター一体型N52機の手前、机の上にあるのが8インチFDです。最初に購入したN5200/05(i8086-5MHz)はフロッピーとデータフロッピーの二枚をセットする必要があったものです。ですからドライブが二個ありました。HDDも300MB程度だったと思います。100GBくらいが当たり前の今からみれば玩具みたいでした。でも、電源を入れるとカタカタと音を立てながら、」フロッピーからシステムを起動する様子は仕事を始めるぞと云う実感がありました。
N5200は一番機のN5200/05(i8086-5MHz)、続いて05mkII(i8086-8MHz)、そしてん5200/07(i80286〜)などを使いました。とても重くて携帯などできなかったラップトップ型機も思い出します。当時は毎年のようにハードが進化する時代であり、8インチフロッピーも5インチに変わり増設HDも使えるようになりました。(参照)
N52時代は数年続いたのですが、LanPlanという表計算ソフトで地価公示評価モデルを作ったのが懐かしい思い出です。でもそのことが、不動産鑑定筆禍事件につながりましたけど。
さて、さらばMACとマッキントッシュとの別れ話をするつもりが、その前史であるN52について長く語りました。MACの話は山ほどありますから、また後日とします。
※N5200について、もっと詳しく
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