見えないものを

 最近のこのブログ記事について、さる方から長文のE.Mailを頂きました。ご多忙であろうに、真摯で率直なお気持ちがうかがえるメールでした。その中にこんなフレーズがありました。


 『そうそう、止揚学園。止揚とは、懐かしい言葉です。
学生の頃、aufhebenするとか、ambivalentとかいった言葉がはやりました。何十年ぶりでしょう、アウフへーベンを思い出しました。
郵便口座をメモしました。茫猿様とは関係なく、寄付したいと考えています。』
 また鄙の小さな輪が少し広がった思いで嬉しく拝見しました。そこで、さる方に止揚学園のリーダー福井達雨先生の書を見て頂こうと思います。


「見えないものを」と云うのは、聖書コリント人への第二の手紙、第4章16節「わたしたちは、見えるものにではなく、見えないものに目を注ぐ。 見えるものは一時的であり、見えないものは永遠につづくのである。」よりの引用です。
 さる方によれば、同じようなことをサン・テグジュペリの「星の王子様」が言っているのだそうです。
『on ne voit bien qu’avec le coeur. L’essentiel est invisible pour les yeux..』(原文)
「心でしか見えないものがある。本質は目に見えない。」(原訳)
「本当に大切なものは目に見えないんだよ」(意訳)
 旧『鄙からの発信』:止揚学園関係の記事にリンクを張りました。
 「慰問ということ」 2000/02/17:旧『鄙からの発信』Logより。
 「止揚の人々にほど遠く」 2000/03/28:旧『鄙からの発信』Logより。
 「上に立たない優しさを」 2002/10/15:旧『鄙からの発信』Logより。

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