梅雨時の七夕

 今日は七夕である。 牽牛と織姫の悲恋をまたもや梅雨空が邪魔をする。 こんなフレーズが朝からテレビでもカーラジオでも流れている。 でも何かおかしくないか、当然に雨が予想される梅雨のさなかに、星空をテーマとする行事が平城平安の昔から連綿と続いてきたわけがない。


 今日のGoogleロゴマークは七夕である。 この頃はGoogleスタッフの個人的趣味によるだろうものも含めて、意味不明なものも多いなかこのロゴマークは美しくて佳い感じである。 そこで、七夕について考えてみた。
  
 七月七日は七夕であるが、これは2009/07/07ではない。 本来は旧暦の7/7である。 ちなみに今年の旧暦での7/7は08/26である。 もう盛夏も峠を過ぎて其処此処に秋の気配がほのかに見える頃である。 決して梅雨さなかの蒸し暑い曇り空や雨空の季節ではない。 だから七夕は秋の季語として扱われており、七夕、風に揺れる笹の音、軒端の秋とつながるのである。
 七夕だけではない。 正月も立春も桃の節句も、ほとんど全ての日本の四季と四季に伴う季節行事は旧暦にその発祥が存在するし、折々の季節感を背景にして受け継がれてきたものである。
 これを新暦一辺倒に置き換えてしまったのは、どこに原因があるのだろうかと考えてみたら、どうやら”売らんかな商業主義”と”見せかけ合理主義”にその源があるように思われる。 公式行事は新暦で統一するのが合理的であろうし、海外との整合性をとるためにも必要であろうが、旧暦に由来する民俗行事や習俗は旧暦で行うべきであろう。 そのほうが、季節感が伴ってより深く行事の意味が理解できるし実感できるだろうと思う。 ”売らんかな商業主義”はそんなことにお構いなしに、基本的に新暦の方が前倒しできるから、売り上げに早く寄与できるくらいの浅い考えによるものと思われる。 そこへ旧暦と新暦の併用は面倒だという”見せかけ合理主義”も働いた結果、現今の新暦一辺倒の状況になったものと思われる。 
 情操教育とか日本の伝統とか詩情などといったことが、一部の民族主義者から声高に言われるけれど、よくよく考えてみれば、旧暦と新暦の併用、少なくとも伝統的行事や習俗は旧暦にて行うという考え方が復活してもよいように思うのである。 茫猿の子ども時代には新暦の正月(学校の使用する暦)と家や村の行事としての正月(既に旧正月と云われていたが)や左義長が併存していたものである。秋祭りだって、台風前、穫り入れ前の祭りでは意味も何もあったものではない。
※主な行事の新暦・旧暦対照(2009年)
・正月 01/01  旧暦換算 01/26
・桃の節句 03/03 旧暦換算 03/29
・端午の節句 05/05 旧暦換算 06/27
「五月雨を 集めて早し 最上川」なんて句も五月雨で間違うのであり、五月雨は陰暦五月の雨、梅雨のことであり、五月晴れは梅雨のあいまの晴れなのである。 旧暦という呼称が古いというイメージを与えるのであれば、陰暦という呼称も悪くない。いっそのこと太陽暦に対比して「月暦:つきごよみ」とでも呼び慣わしたら如何なものだろうか。

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