冊子:止揚より(2/4)

 冊子:止揚連載:福井達雨 著『負けいくさにかける(93)』を、止揚学園のご好意により、4部に分けて転載します。(2010/07/31発行)
・人間は偉大ではないのです(1/4)
・人間は旅人です(2/4)
・悲しいことあらへん(3/4)
・おじいさんは無職か(4/4)


《 人間は旅人です 》
 さて、今度の口蹄疫は科学(医学) や人間の知恵で防げず、地球よりも重たいと言われている大切な生命を侵し、私たちはそれを根絶しょうとしています。何と残酷なことでしょうか。しかし、もっとやり切れないことは生命を奪う方法でしかこの病気を防ぐことができないのです。空しさで一杯になります。
 テレビで映し出される飼主たちの悲痛な叫び、涙、今も生まれてくる子牛や子豚、与えられた飼料を何も知らずおいしそうに食べている家畜、その姿を見ながら (そこに迫ってきている悲劇に、この家畜たちは何を思っているのかなあ。死に気付いているんやろうか。
私やったら生命を奪う人間に激しい怒りや恨みを持ち、この苦しみには耐えられへんなあ)と思いつつ、胸がつかゝえ、そのテレビの画面が直視できない私でした。
 その中で、なぜか (人間の本性は冷酷なんや。僕もそんな冷たい心を持っているんやなあ) とフト思い、心が重くなつてしまいました。 しかし、本来、人間は感情や理性、優しさや冷たさというように二つのものを持っています。そして、その両面を行ったり来たりしている旅人なのです。だから、冷酷な人間にも、温かい心が存在しています。
 さて、人間が冷酷や非情を持った時、知恵や科学では温かい心を取り戻すことは不可能です。とすれば、何が力になるのか。それは(神から与えられた信仰なんや)と私は信じています。目に見えない信仰は人間の心の奥に秘められた潜在的なものを取り出す力を持っているからです。
 「神の愚かさは人よりも賢く、神の弱さは人よりも強い」という聖書に善かれている御言があります。この御言が私たちに語りかけるもの、教えてくれるものに人間が優しい心を取り戻し、謙虚になる糸口があることを思います。この御言を大切にしたいものです。
 さて、止揚学園も創立してから四十八年目が過ぎようとしています。後二年で五十周年が来ます。(半世紀近くを歩んできたんやなぁ)と思うと胸が熱くなり、今日までのいろいろな出来事が走馬灯のように心の中を駆け巡ります。そして、私は(謙虚と優しい心を大切にして、非合理に、不器用に、ありのままにこれからも歩もう)と思っています。
 入園している仲間たちも止揚学園に来た時は子どもでしたが、今は皆、大きくなり、平均年齢が五十歳近くなりました。このために親を失くす仲間たちも増えてきて、両親を失くした仲間が十一名、片親を失くした仲間が七名います。
 この仲間たちは春、夏、冬の休みには家に帰れず、止揚学園で休暇を過ごすことになります。休みの度に、親と手をつないで自分の家に帰る仲間を見ながら、とても寂しそうです。この姿に接し、仲間の職員たちが一緒に旅をしたり、自分の家に連れて帰ったり、少しでも入園している仲間たちの寂しさを失くすことができないかと努力しています。 ある日の夜のこと、電話が鳴りました。受話器を取ると、入園している仲間のよし子さんの弟からでした。
 「父が狭心症を起こして、救急車で近くの病院へ来ています。意識不明でもう助からないと思います。すぐに姉を連れてきてくれませんか」
 電話の声は切羽詰まり、お父さんの危険な状態が私に伝わって、ドキドキしました。
 「分かりました。すぐ連れて行きます」と電話を切り、寝ているよし子さんを起こし、自動車で一時間程かかる病院に、仲間の保母さんと私の三人で琵琶湖畔の路を走りました。月明かりで湖がキラキラと輝いていました。心は急ぎます。病院にはなかなか着きません。自動車がとても遅く感じました。
 やっと病院に着き、ゆっくりとしか歩けないよし子さんの手を握り、集中治療室まで走りました。そこには、十人ぐらいの家族や親戚の人たちが集まり、沈黙がただよっていました。
 「よし子さんのお父さんは大丈夫ですか」と私は尋ねました。電話をしてくれた弟さんが悲しそうな顔で、
 「今、いろいろな処置をしてくださっていますが、〝もう駄目だ″ということです」
 皆の心配そうな顔が黙っているよし子さんに集まりました。
 しばらくすると、呼び出しがあり、集中治療室でお父さんと出会うことになりました。
(これがよし子さんのお父さんに出会う最後や)と思い、私は、「よし子さん、よう見ときや」とお父さんの顔の側に立たせたのですが、私は無表情な彼女に、お父さんの死をどう考えているか分かりませんでした。
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