秋桜

 夏の間放っておいた庭の手入れに日々いそしんでいる。 蔓延った(はびこった)野草を抜き、伸びた枝を刈り込み剪定もしている。松の揉み上げが難物だけど、公園の松やネット上の解説を見ながら学習してゆくつもりである。 庭仕事をしていると、畑の方から母がやってくるのが見える。
 脊椎滑り症のせいで、晩年は長いことは歩けず、歩くときも左足を引きづっていた母が、手押し車を押しながら、ゆっくりゆっくりと歩いてくるのが見えるようである。


 あるとき病床の母がこんなことを言っていた。 我が家では”ドーゾ”と言いならわしている祖父ゆかりの場所が屋敷の隅にあるのだが、畑の奥で住まいとは離れているから、日頃は足を踏み入れることも少ない場所である。 その”ドーゾ”で草を抜いたり落ち葉を掃いたりしながら、母は祖父に謝っていたそうである。 「オジイサン、すみませんね。 修理もしなければいけないし、もっと美しくしなければいけないのだが、何もできていません。 せめて掃除をするだけです、ごめんなさいね。」 そう言いながら草むしりをしていたと言うのである。
 そういえば、秋深くなった頃や春先に母が其処を掃除していたような記憶がある。母が嫁いでくる前に既に亡くなっていた祖父(母には義父)であるから、生前の記憶は何もないのであろうが、ことある毎に親類縁者から聞かされていた祖父のことであろう。 その祖父ゆかりの場所ではあるが、戦後は生活に追われて顧みる余裕など無くて、私が遊学から帰郷したときには足を踏み入れることもできないほどに荒れていた。
 鑑定士受験が終わった頃から、下草を刈り、枝を落とし、幾つかの樹木を植え、落ち葉に埋もれていた池を掘り返したりして、整えてきたものの、ヒビが入り剥落したコンクリートや、崩れた石積みや傾いた石灯籠などは、ほとんどそのままである。
 いつの頃からか年二回ほどの掃除を始めた母は、写真に残る昔の美々しさをできれば取り戻したいと思っていたのであろうかと振り返る。
 さて、庭も畑もいいえ家屋敷のすべては、七十年近く母が慈しんできたものである。 「広すぎて、えりゃーことだ。(たいへんなことだ。)」と、ぼやきながらも日々丹誠に務め、いつ見ても綺麗だねと訪れる人ごとに褒められてきた畑であり庭である。 庭の野草を抜き畑のあぜ道の草を刈り払ってさっぱりした道を、トコトコと手押し車を押しながらやってきた母に、「綺麗になったね、アリガトウネ。」と褒めてもらいたいと、もう叶わぬことを思いながら畑を眺め、母の仕事には及びもつかないが、少しでも母を見習って務めたいと考えている。
 荒れた畑の一角にコスモスが咲いていました。
   
 猛暑の影響でしょうか、花付きがイマイチですが金木犀も香り始めました。
   
 金夏日さんや、竹畠明聡さん等の苛酷な話を見聞きすれば、六十数年の母の思い出にひたっていられる私は幸せなのだと思わされる。 これからどれほどの時間が残されているのか判りもしないが、母が私に託していったものを守ってゆくことを最優先にしながら、佳き時間を過ごしてゆきたいと願うのである。

 《鑑定評価について、新スキームデータの分析活用、情報基本論、地価公示と固定資産税評価、Rea Reviewその後、Rea Mapの進路、何より鑑定評価とリベラルアーツなどについて語ってみたいし、一部は初稿を用意しているが、しばらくは休憩することとする。マグマが溜まることがあれば書き始めるであろう。》

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