迎春の準備

迎春の準備といっても、喪中の茫猿にするべきことは限られている。 松飾りも鏡餅も無い迎春である。年賀状は当然のごとく出さず、年を越えてからの寒中見舞いで近況報告に替える予定である。 とはいっても、多少の掃除に、黒豆、花豆、田作りの拵えくらいはする。 黒豆と花豆は先ほど煮上がっていまは煮浸しちゅうである。 あとは小田原蒲鉾や数の子に餅を添えれば、それなりの正月になるだろう。 年内に終えておくべき畑仕事もほぼ完了して穏やかに年を越せる予定である。
しばらく前に「孤独は慣れるが、孤立には耐えられない。」と書いたが、お陰様で弔問に訪れる方も少なくないし、翌春の飲み会予定も幾つか決まっている。 その上に、年始早々の鑑定評価依頼が二件も舞い込んできた。 夜半の孤独には少しずつ慣れてきているし、有り難いことに孤立を感じることもなく、日々を過ごさせていただいている。


ところで、一年前を思えば、2010年はかつてないほどに目まぐるしく環境が変わった、とんでもない一年だった。
02/21 に、事務所を岐阜市内から鄙に移転して、両親の介護を優先することにした。
05/08 に、母が父のことを頼みながら先に逝った。
09/30 に、父の介護に専念するために、地価公示と相続税評価委嘱を辞退した。
12/02 に、父が母の跡を追うように、旅だった。
日本では年間に百万人を越える死者を数えるという。 我が父と母の死は、百万分の二であり、ありふれた日常茶飯的死に過ぎない。 でも茫猿にとっては、同居家族の三分の二を失うという死である。 とてつもなく重いし、一年前には3/3であった我が家が1/3になってしまったという現実に慣れるには、もう少し時の経過が必要であろうと思っている。 日常生活の世話をし、我が家の自室から旅だっていった両親が、「もう何処にもいない。」というこの現実を受けとめるには、あとしばらくが必要であろうと思っている。
来年はどうするかと考えないでもないが、Rea ReviewやRea Mapに関わるのはもういいと思い始めている。喜寿近い者が言上げすることでもなかろうと思い始めている。鑑定評価にこれから十年、二十年と関わってゆくであろう人たちの問題であろうと考えるのである。  何も言わないということではない。このサイトを使って思うこと考えることは、折々に述べてゆこうと思うが、それだけのことである。 まさに茫猿の遠吠なのである。
O氏から弔問によせて「日出でて作し、日入って憩う、井を穿って飲み、田を耕して食う」というお言葉をいただいたけれど、そのような日々を目標に過ごしてゆきたいと願っているのです。 歳末の新聞などには「孤死」にふれた特集記事が多いが、生まれ育った鄙里の人々との何気ないお付き合いを思えば「孤独」ですらない、今の茫猿はとても幸せなのだと思い始めています。
人の訪ね来たることの多い、訪ね来たる人あれば、茶を喫し時に一献傾ける。 訪ね来たる人なくば、畑仕事に勤しみ、自らの蔵書に加えて父が残した多くの書に親しみたいと考えている、2010年:茫猿66歳10ヵ月の暮れなのです。

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