暮れの一日、奈良

学生時代以来だから、もうすぐ半世紀の付き合いになる友人達が忘年会に誘ってくれた日、夕刻までの時間潰しに奈良を訪ねました。 2010年の奈良は平城遷都1300年祭で賑わったようですが、今年は祭も終わりましたし、祭関連で整備も行き届いた奈良が見頃であろうと考えたのです。 目的地は奈良国立博物館、興福寺国宝館そして東大寺ミュージアムです。 暮れとはいえX’mas三連休中のこと、そこそこに観光客は居ましたが、国博は静かなもの、誤算は興福寺国宝館でしたが、詳しくは後ほどに。


先ずは奈良国立博物館です。 2011.07.20に旧館がなら仏像館として整備されていました。 旧館は建築としても見飽きない荘重さをもっています。

外装も目を奪われますが、正面玄関ホールも見事です。(今は、正面からの出入りは閉ざされています。) この旧館は1894年完成といいますから、明治初期の日本人の心意気が建物から漂ってきます。

仏像館を入ると直ぐに、この多聞天像にお会いできます。

※掲載する写真は全て、許可を得て腕章を巻いた上で撮影しています。
※もちろんのこと、フラッシュ撮影は禁止です。
驚いたのが、この釈迦像です。全裸のお釈迦様なんて初めての対面です。実際には衣服をまとって祀られていたらしいのですが、それにしても全裸像展示とは。 写真ではよく見えませんが、腹部には輪宝(りんぽう)を、股間には蓮華形を付けておられます。

すぐ隣には着衣のお釈迦様が並んでいました。

こちらは石彫仏。

圧倒されたのが、古代中国・商(殷)時代、今から三千年以上も前の時代の青銅器コレクションです。 よくぞまあ集めることができたものよと、しばし感慨にふけりました。 日本の浮世絵や絵画工芸の名品が幕末から明治初期に掛けて、その多くが海外に流出したのですが、(同様にして)中国からも多くの名品や貴重品が流出した一つの証でもあるのだと拝観しました。写真は祭祀器である商時代の青銅器です。

国立博物館を出て、本来の目的地のひとつである興福寺国宝館(2010年リニューアル)へ向かいました。 こちらも静かは閑かですが、国立博物館よりも人が多く入館していました。 国宝館は食堂(じきどう)跡地に建築された収蔵館ですが、近年は阿修羅像が話題になっています。 ゆっくりと一巡してから阿修羅像の前に立ちますと、後ろからバス2台分の観光客が押しかけて来たのです。 お目当ては阿修羅像とみえて、像の前はたちまちに声高、黒山の人だかりです。 それまでの静寂な雰囲気などはどこへやら、歳末買い出しの市場みたいになりました。
「これや!これがアシュラや!」、「どこや? どれがアシュラや?」
いい加減にしろよと、早々に立ち去らざるをえない茫猿でした。 国宝館の前では十数人ほどの団体を前にしてガイドさんが指示しています。「皆さんのお目当てはアシュラさんでしょうが、アシュラさんは館内一巡の最後に展示してございますから、お見逃しの無いように。」 多分、先の団体さんも、こんな案内を受けての入館だったことでしょう。 興福寺境内は夏毛から冬毛に変わりきらない鹿が歩いていました。

奇しくも興福寺国宝館の入場券図柄は阿修羅像で、奈良国立博物館入場券図柄は旧館正面でした。

興福寺国宝館を退散してから、この秋に開館したばかりの東大寺ミュージアムへと思ったのですが、国博ぶつぞう館にて、時間を随分と費やしたものですから、既に昼時分を大きく廻っています。 そこで東大寺門前の夢風ひろばに入り、忘年会までのつなぎに軽食をと考えたのですが、ここで思わぬ拾い物をしました。 それが「シルクロードの終着駅」なのです。NゲージとHOゲージに別れたジオラマ・ビュッフェです。 茫猿はHOサイドに入り軽い食事もそこそこにジオラマを楽しんだことです。

ジオラマに別れを告げれば、もう冬日は暮れかかっています。 一番訪ねたかった東大寺ミュージアム、それに加えて夢風ひろばにも吉野葛・黒川本家という是非訪ねたいお店もございますが、それらは年越しの楽しみに取っておくことにして、当夜の忘年会場へ向かいました。 奈良で入手した『鄙からの発信』定番・蓋は「鹿と桜」です。

その夜は、友人たちと河豚の名店「ひばなや」さんで久しぶりに河豚を堪能しました。こちらのテッサも、チリもそして雑炊も言うこと無いのですが、なかでも「ブツカワ(ミカワとも称する)」は、他店では味わえない品です。 痛む親知らずを押して誘ってくれたN君をはじめ、彼等の厚情に感謝し変わらぬ健康を祈ります。
心地良く食い呑み語らった翌朝は、かねてから気になっていたタケノコの「三番屋」さんを洛西向日町に訪ね、開店を店の表で待って「竹の子山椒煮」を手に入れました。 竹の子山椒煮というのは数年前に某処で出会ったものの、その佃煮の名前も入手方法も判らずにいたのですが、図らずも忘年会の席で友のひとりに教えてもらって出掛けたという訳でして、雪がチラチラするなかを待った甲斐もあろうというものです。
一期一会とは申しますが、年を越せば数え七十もまぢかくなり、後幾たび美味しいものを美味しく味わえるだろうかと思えば、雪のなか待つことくらい何のそのという気分なのです。

午前中に一時運休した後も、おくれがちの新幹線に竹の子山椒煮を抱えて乗り、鄙の茅屋に戻れば雪かきをしなければままならないほどの、この冬初めての積雪でした。 でも今夜は、竹の子山椒煮で燗酒と御飯が頂ける幸せが待っています。 三番屋さんのPOPには美味求心とありましたが、茫猿の心境は美味救心でもあり、究真でもあるのです。

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暮れの一日、奈良 への1件のフィードバック

  1. 三番屋 のコメント:

    京都の三番屋でございます。
    お寒い中、西向日駅前店まで、お越しいただきましてありがとうございました。
    当店の竹の子山椒煮を「美味救心」とおっしゃっていただき感激です。
    この年末無事に終えましたら、従業員皆にも拝見する様に薦めます。
    どうもありがとうございました。
    どうぞ良い年末・年始をお過ごし下さいませ。

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