失ったもの

 師走の雨の日曜である。
歳が暮れる前に片づけておきたい庭仕事もあったが、生憎の雨であるからして撮り溜めておいたビデオを見ている。「野菊の墓」と「二十四の瞳」という1950年代に公開された木下恵介作品である。
「野菊の墓:野菊のごとき君なりき」の舞台は伊藤左千夫の小説では矢切の渡しであるが、映画では信州に舞台を移して撮影されている。叙情豊かに信州の風景がモノクロ画面で描かれている。「二十四の瞳」は壺井栄の原作のとおり小豆島ロケで撮影されている。
 両方の映画ともに撮影されたのは1955年前後である。信州で、小豆島でロケーション撮影が行われたのであるが、共に今は懐かしくなってしまった日本の鄙(農漁村)の風景が情感豊かに描かれている。風景だけでなく、清く正しく美しい日本がその映画の中に脈々と流れている。そんな感じがする。それから50年、比べようもなく豊かになった日本は、豊かさと引替えに多くの何かを失ってしまったのであろう。
 小学校の頃に観て以来ほぼ五十年ぶりに再び見たわけであるが、物語進行のゆったりとしたテンポ、語られる正しく美しい日本語、貧しくも美しい輝く瞳、何よりも個性豊かな出演者の顔々、笠智衆、浦辺粂子、杉村春子、天本英世
 何よりも全編に流れる、貧しい者、弱い者への優しい眼差しが、心を和ませるのである。


「野菊の墓」
 伊藤左千夫の小説「野菊の墓」を、「二十四の瞳」、「楢山節考」などで知られる木下惠介が映画化。何10年ぶりに故郷である信州の美しい川を訪れた老人が、遠く過ぎ去った切なく、美しい恋の思い出を語る。封建的な昔の思想から引き裂かれた若い男女の恋、そして訪れる悲しい別れを描いた純愛映画の傑作。(1955年)
後に、「野菊の墓」として山口百恵や松田聖子主演でドラマや映画となった。
[監督・脚本] 木下惠介
[出演] 有田紀子、田中晋二、笠智衆、杉村春子、浦辺粂子ほか
「二十四の瞳」
瀬戸内海の島にある分校を舞台に、新任の女性教師と生徒たちとの交流を描いた木下惠介の代表作で日本映画史に残る名作。女学校を出たばかりの久子は、分教場で新入生12人と出会った。ハイカラな先生と生徒は唱歌を歌ったり、野原を駆け回ったりと美しい日々を過ごす。やがて戦争が始まり、それぞれに辛い現実と悲しみが訪れるのだった・・・。主人公の教師役を高峰秀子が好演し、生徒役は地元の子供達が出演している。
〔監督・脚本〕木下惠介 〔原作〕壷井栄
〔出演〕高峰秀子、笠智衆、夏川静江、天本英世、明石潮、浦辺粂子ほか(1954年)〔白黒〕

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