非司法競売手続

 非司法競売手続とはいわゆる民間競売制度導入問題である。この問題について、最近興味あるiNet記事が数件公表されている。


 その一つは、鑑定協会元副会長平澤春樹氏が08.05.13付の自身のブログで三つの問題点を指摘していることである。

その第一は、歴代鑑定協会指導部は、競売評価は不動産鑑定業務であるか否かについて、明確にしないまま、今日まで経過していることが問題だと思います。(以下、略)

 この点に関して先ずは、「競売最低価格制度の行方」(03.03.14)記事をお目通し頂きたいのである。さらにこの当時は鑑定協会役員選挙が実施されていたから、『鄙からの発信』は候補者各位に公開質問を行っていたのである。
 質問は数項目あったが、その(問1)は「各候補者は、この期に及んで具体的にいかなる方策をもって、最低落札価格設定選択制導入に対処しようとお考えなのでしょうか。」である。 (問2)は、「同時に、過去、少なくとも茫猿が知る限りにおいて昨年までは、日本不動産鑑定協会は競売評価について、「競売評価は鑑定評価とは一線を画すものであり、したがって鑑定協会が関与する問題にあらず。」という方針であったはずです。この姿勢が、変化した経緯が不明のままですが、この点についてどのようなお考えでしょうか。」であった。
 この二点について、当時の候補者各氏の御回答を再掲してみるが、今さらに注目されるのは、清水候補、中島候補、足立候補のご回答である。三氏の回答から読みとれるのは、競売評価については、鑑定士内部からも執行裁判所筋からも「鑑定協会が俎上に上げること」をよしとしない空気があったということである。

『横須賀博候補』(2003.03.24)
(問1)憲法29条を前面に先ずは法務省自民党法務委員会へ訴えること。
(問2)競売評価人は今や1,000人を超えています。従ってこれを公的評価と位置づける必要があること。

『清水文雄候補』(2003.03.27)
(問1) 最低売却価格制度の選択制度導入については、その流れを止めることが出来ないのであれば、買受参加者が、プロばかりではないので物件価格の目安を与えることは重要であり、基準価格としての評価は、必要と考える。
(問2) 4~5年前に東京駅前のビルの一角で、東京、大阪、兵庫の各地裁評価人代表者数名が集まり、評価人の全国組織作りの会合が持たれた。私も鑑定協会の代表(常務会で公的評価委員会として出席の了解の上)としてその会合に参加した。その意義は、鑑定協会としてお手伝いできることは、しましょうとの事であり、それで各士協会宛に評価人の人数、報酬額、評価書の書式等のアンケート調査を行ったところ、評価人の一部から裁判所にこの件についてリークがあり、その結果最高裁判所に私、及び執行部が呼び出され、協会は評価人に関することについては裁判所の所掌であり、関与せぬこととの口頭注意があり、始末書も提出した経緯がある。
 この事については、当時の理事会、各県士協会長会議で説明している。当時は、最高裁としては、政治的な動きは無用である との考えがあったと思われる。しかしその結果、学者グループによる担保執行法制の改正案等が代議士との連携により議員立法等により法制化されていく状況になりつつある。
 話はそれるが、現在は評価人の全国ネットワークも出来上がり、組織的にはまとまりを見せたが、その組織過程は裁判所の威を借りた上意下達方式であり、問答無用の設立総会であったと実感している。

『増田修造候補』(2003.03.26)
(問1) 最低落札価格設定選択制導入を現状で阻止することは難しいかもしれませんが、全ての物件について最低価格公表という現在の最低落札価格制度は、本来、広く一般に価格情報を提供するという観点から有用なものと考えます。落札を妨げているのは物件内容の不明確等によるリスクの評価であり、その額が正確に示せない、あるいは明確な情報提供が出来ない現状に問題あると思います。したがって協会でそれらへの対応に取り組み、最低落札価格制度を主張すべきであると考えます。
(問2) 過去の経緯はよく知りませんが、協会会員の凡そ4人に1人は競売評価人ということを考えれば、協会が積極的に取り組む必要があると考えます。

『山本道廣候補』(2003.03.26)
(問1)現在の最低落札価格制度で良し。ネットワーク化した各競売人協会と協議の要あり。
(問2)競売評価も鑑定評価の一つとして位置づけられる。

『中島康典候補』(2003.03.27)
1 競売最低価格制度について
 もともと競売評価は鑑定評価の領域ではなく、法務省管轄の事業に、鑑定士がその経験、知識をもって協力しているというのが、協会内での多数の認識であったように思います。したがって、協会で正式に議論することがなかったと理解しています。
 しかし、この仕事が多くの鑑定士の重要な収入源の一つになっていることが現実であると思いますので、競売評価の依頼の減少につながる最低落札価格廃止(選択制の導入)という動きに対しては大変憂慮しております。協会として早急にこの問題に対応すべきと考えます。

『足立良夫候補』(2003.03.24)
(問1) 現状の日本経済状況を考えれば、最低落札価格設定選択制度導入は必至と思います。むしろ平常な経済状況に戻った(きっと戻ると信じています)とき、金融機関は最低売却制度がなければ、不動産担保制度が成り立たないので、現状の最低落札価格制度を支持することになります。
 ですので、今回の選択制度導入につきトリガー方式なり、時限立法とすることを目論むべきと思います。また、現行の競売評価についての理論的精緻化と実務的な迅速化を促進する努力を今こそ地道に行うべきと考えます。
(問2) 大阪地裁等で競売評価基準等を作成・改定することになった3年ほど前に、私たちは、競売評価で求める価格の種類は何かという切り口などを用いて、ちょうど鑑定評価基準改正の動きに合わせて議論、検討しようとしていました。 しかしながら、評価人サイドの大多数の意見で、その議論さえしてくれるなという方針になったことを思い出します。
 また、土壌汚染関連についても、運用指針作成の途中で最高裁民事局に運用方針の作成のための相互検討を申し込んだのですが、これは鑑定協会の法務とか公的土地評価の委員会サイドからのバイアスにより申込さえも差し止められた経緯があります。
「競売評価は鑑定評価とは一線を画すものであり、したがって鑑定協会が関与する問題にあらず。」という方針がだれによって決定されたのかはよく知りませんが、鑑定協会サイドだけからの要請ではないと思います。

 その後に、いかなる経緯で鑑定協会において競売評価が正面から取り上げられることとなったかは不明であるが、2007.07.30付・法務鑑定委員会第一回議事録は、このように述べている。

(中略)2.今後の運営方針について
 小谷委員長から、当委員会は法務鑑定委員会と司法制度特別委員会が統合した委員会であり、2つの委員会の事業計画を引き継ぐこととなり、平成19年度の当委員会の活動項目は、①ADR関係、②競売評価関係、③担保不動産、倒産法関係、④借地・借家に関する鑑定評価の4つの事項である。(中略)
②の競売評価については、全国競売評価ネットワークとの関係や民間競売への研究が進んでいるなどの経緯を注視する。

 なお、2007.07.30以前の法務鑑定委員会と司法制度特別委員会の議事録には競売制度に関する記述は、茫猿が見る限りにおいては見あたらないのである。 (この点に関して、2003.08.12司法制度改革特別委員会議事録は、競売評価小委員会の設置に言及しているのであるが、その後の活動経緯は何も述べられていない。)
また、2007.06.19開催の鑑定協会定例総会議案をみると、以下のように記述されている。
「司法制度改革特別委員会」平成18年度事業報告
1.競売評価についての対応
 競売制度研究会(事務局:法務省民事局)の動向について、情報収集に努めました。
「司法制度改革特別委員会」平成19年度事業計画
1.競売評価についての対応
 引き続き、競売制度研究会(事務局:法務省民事局)の動向について、情報収集に努めます。
 次いで2007.10.29付・第二回議事録では以下のように述べている。

3.競売評価小委員会の状況について 
11月21日(水)に行なわれる法務省民事局のヒアリングの質問(仮)に対する回答案を作成し、常務理事会に諮ることとした。の意見が出された。

 07.06総会から、07.10法務鑑定委員会にかけて、「情報収集」から「経緯注視」へと、さらに「回答案作成」へと変化したわけであるが、この間において「鑑定評価」における「競売評価」の位置付けや、「鑑定協会における競売評価の位置付け」について、明確な説明はなされていないのである。2003年当時の競売評価に対する鑑定協会の状況からすれば、情報収集という受動的姿勢から回答案作成という能動的姿勢に変化いたことに関する然るべき説明が必要であろうと思われるし、「競売評価に関する鑑定協会の基本的姿勢の明示」こそが、先ず最初に求められる協会の責任ある態度であろうと考える。
 茫猿は競売評価は民事執行法に規定される評価ではあるが、不動産鑑定士が関与する評価である以上、鑑定評価基準を基本とする評価であると考える。原則的には、地価公示や地価調査並びに固定資産評価と同等同列に扱われるべきものであると考えるのである。

民事執行法(評価)第58条
 執行裁判所は、評価人を選任し、不動産の評価を命じなければならない。
2 評価人は、近傍同種の不動産の取引価格、不動産から生ずべき収益、不動産の原価その他の不動産の価格形成上の事情を適切に勘案して、遅滞なく、評価をしなければならない。この場合において、評価人は、強制競売の手続において不動産の売却を実施するための評価であることを考慮しなければならない。

 次いで2007.12.12付・第三回議事録は次のように述べている。

1.競売評価制度に関する当委員会の今後の対応について
 小谷委員長から法務省管轄の競売制度研究会で行ったプレゼンテーション及び競売制度研究会委員との質疑応答については、具体的な事例と共に三点セット(現状調査報告書・評価書・物件明細書)の重要性を専門家の立場から説明したところ、競売制度研究会の委員から大変分かりやすいとの好評を得ることが出来、さらにこの説明を受けて、日本弁護士連合会からも「非司法競売手続きに関する意見書」内において、その必要性を支持する旨が公表された、との報告が行われた。

 しかるにである。鑑定協会サイト(会員専用サイト)では、2008.04.22開催の自由民主党司法制度調査会明るい競売PT第5回会合において、「個人的意見」との「断り付き」ではあるものの以下のような表明を行ったという記述が掲載されている。

 個人的意見であるが、任意売却促進には賛成です。任意売却のほうが回収率が高い。買い手が既にいる場合、任意売却のほうが早い。任意売却で双方合意の場合、必ずしも3点セットは要らないと思う。事業再生の場合も任意売却のほうが早いと思う。(鑑定協会)(下線は茫猿)

 公党であり、しかも与党の「司法制度調査会明るい競売PT」において、鑑定協会を代表して出席する役員氏が個人的意見などという注釈付き見解が通用するのであろうか。鑑定協会は「任意売却促進」に向けて大きく舵をきったとみてよいのであろう。
 その三は、「全国競売評価ネットワーク代表理事 千葉祐之氏」の代表理事就任挨拶である。氏の挨拶は「全国競売評価ネットワーク・サイト」冒頭に掲載されている。

 (中略)今また、民間競売制度の導入が取りざたされており、導入は既定事実化されております。(中略)  また、昨年の12月には内閣府の規制改革会議より、「民間競売制度の立案に関連して不動産競売評価の実情について」ヒヤリングしたいとの連絡が入りました。急な申し入れでもあり、まったく予想していなかったことでもあったので、関係各位にご心配をお掛けすることになりましたが、ヒヤリングは事なきを得、ほっとした次第です。

 ここにおいて、鑑定協会も競売ネットワークも両者共に「民間競売制度導入やむなし」とお考えのようである。ただし、2008.03.18理事会議事録との整合性を考え合わせると、「任意競売制度導入やむなし、ただし三点セットは堅持」ということのようである。(個人的意見では、「必ずしも3点セットは要らないと思う。」と言う。)
 しかし、このような意見表明でよいのであろうかと疑問なのである。鑑定協会は競売制度問題に深く関与しておきながら、「内閣府規制改革会議・第2次答申」には何の意見表明も行っていないのである。【鄙からの発信・関連記事:司法競売制度批判に答える】
 また、三点セット廃止も視野に入れて検討が進められている「民間競売制度導入」に関して、我田引水的業益堅持とも受け取られかねない「三点セット」堅持という態度が好ましいものなのであろうかと、疑問なのである。日弁連や競売ネットワークとの十分な意見交換が必要と考えるのであるが、如何なものであろうか。
 『過度の規制緩和は「弱い立場の破綻債務者保護」を損ねるものであり、「価額下限の抑止力としての適正評価が保証されない「非司法競売手続き」導入には反対する。』という、判りやすい態度表明が望ましいと考えられるが、如何なものであろうか。破綻処理に際して、その迅速処理のみが求められる風潮が本当に好ましいものであるのかどうか、改めて考えてみることが必要と思うのである。

『2008.03.18理事会議事録』 
8.競売制度に係る対応について(自民党司法制度調査会明るい競売PT関係)
自民党司法制度調査会明るい競売プロジェクトチームにおける検討状況を踏まえ、当協会としては、①価額下限の抑止力としての適正評価の保証が必要である、②そのための3点セットが必要である、を基本として対応していくことを承認した。

※日弁連(2007-11-22)「非司法競売手続に関する意見書」
※法務省民事局・競売制度研究会「報告書」(2008/03)

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