地理空間情報と鑑定評価

(社)日本不動産鑑定協会:情報安全活用委員会は、2008年7月22日より地理空間情報活用検討小委員会(略称:NSDI-PT)を設けて、地理空間情報の活用について検討を重ねてまいりました。 その事業成果物として、2009年3月11日にはRea Mapβ版をRea Netに公開致しました。

Rea Mapはその後に数次の改訂を経て、現在幾つかの士協会にご利用頂いております。 NSDI-PTはさらにRea Mapの効用を高めるための2010年度事業として、取引事例に地理座標値を取得させるツールとしてのMap Clientの開発に着手し、2011年9月にMap Client_v.1.0及びMap ClientⅡを作成して、Rea Netに開示したところです。

(本稿は、NSDI-PTのこの三年間の歩み並びに地理情報活用の今後について述べるものであり、鑑定のひろばNo.177(2012.01号)に投稿したものの転載です。)


一、地理空間情報とは
地理空間情報とは、地理空間情報活用推進基本法(2007年8月29日施行)第二条によれば、1.空間上の特定の地点又は区域の位置を示す情報(当該情報に係る時点に関する情報を含む。)並びに、2.前号の情報に関連付けられた情報を指すとあり、さらに同法にいう「地理情報システム」とは、地理空間情報の地理的な把握又は分析を可能とするため、電磁的方式により記録された地理空間情報を、電子計算機を使用して電子地図(電磁的方式により記録された地図をいう。)上で一体的に処理する情報システムをいうとある。

地理空間情報活用推進基本法の所管は「国土交通省国土政策局国土情報課」であり、注目すべきなのは第18条2項である。 同条には「国は、その保有する基盤地図情報等を原則としてインターネットを利用して無償で提供するものとする。」と規定されている。
※地理空間情報活用推進基本法 http://www.ron.gr.jp/law/law/tiri_joh.htm
※電子国土ポータルサイト http://portal.cyberjapan.jp/index.html

不動産鑑定評価が所在地番をはじめ施設距離、都計規制など、大半が地理に係わる情報を取り扱い、データを収集し、分析し、解析し、評価額という結論に至る業務である以上、地理(地図)を離れては存立し得ないことはいうまでもない。 一般の鑑定評価においても地図は重要であるが、地価公示、地価調査、相続税評価、固定資産税評価など集合的一括評価において各評価対象標準地等の均衡を図る上で、地理情報は欠かせないのである。また取引事例情報や賃貸事例情報の分布や散布状況を確認する上でも地理情報は欠かせないものである。

鑑定評価制度創設以来、過去四十数年の間は地図に関してアナログ的情報しか得られないことから、鑑定士は国土地理院地図や市区町村管内図・都計図や市販地図を利用し、キルビメーターや三角スケールを使用して仕事せざるを得なかったのである。
近年はデジタルマップが様々な媒体で入手可能になり、利用ツールやソフトも多くなってきたものの、基本的地理情報や利用ソフトはまだまだ高価であり、何よりも行政が把握する地理情報が非開示であることから、その進捗状況は遅々たるものといってよかった。 そこに「地理空間情報活用推進基本法」が出現したのである。

鑑定評価に限らず、不動産に関わる者にとって年来の課題がGISの活用であった。その活用にこそ不動産鑑定評価の将来がかかっていると言っても過言ではなかろう。鑑定協会は同法の施行を機に、この機会を逃してはならないと考えて、地理空間情報活用検討事業(NSDI-PT)を創設したのである。

二、NSDI-PTの事業目標
(1)社会への情報還元
NSDI-PTの事業目標は、国民の財産である不動産情報「不動産取引価格情報提供制度・年間一次データ:約200万件、取引価格を付与して回収した三次データ約60万件」を基礎とすることにより、国民にとって有益かつ利便性の高い地理情報提供を行う端緒とすることにある。 誤解を招かないように申し添えるが、当然のことながらこの情報提供は生データの提供を意図するものでは毛頭なく、国民が関心を有するであろう分析加工データを地理情報として提供することにある。

(2)提供情報の種類、その内容
そのためには、鑑定士がどのような情報を提供できるかということ以上に、国民・社会がどのような情報を求めているかを調査することが重要と考える。鑑定士側がどれほど貴重と考えても、社会にニーズがなく、関心がなければ、それは無意味な情報発信にすぎない。

(3)鑑定士の受益
事業を推進してゆくためには鑑定士のモチベーション喚起も必須であると考える。それには、この事業の副産物(社会的認知、事業利益、市場のリアルタイム情報等)、あるいは一次・三次情報の加工課程で得られる成果というものが鑑定評価に役立つということであろう。

(4)ビジネスモデルの創設と維持管理
社会に情報発信し、しかも双方向性(社会からも市場情報を得る)を維持するということは、受発信、メンテナンス、関心の喚起を含めて、大きなエネルギーが必要である。

三、Rea Map 構築事業
Rea Mapとは、鑑定協会:NSDI-PT(地理空間情報活用検討小委員会)にて構築中の地理情報ネットワークです。 Rea Netのなかに設けられるシステムの一つであり、ネットワーク地図を活用して、地価公示、地価調査等の公的評価標準地等、並びに取引情報所在地を地図上に表示し、その詳細が閲覧・印刷できるシステムです。特に実験参加士協会の意見を踏まえて追加したCSVファイル掲載機能は、Rea Mapの応用範囲を拡大充実するものと考えられます。

2011年度は、実証実験に参加された全国13の士協会においてデジタル地図上での事例閲覧を実施中です。またその後に参加を希望される士協会には順次接続を開始しています。
取引事例の現地調査と地図システムの融合とは、具体的にいかなるものなのか。事例地現場で、携帯電話から事例地の緯度経度情報と事例地写真をサーバに送ると、サーバ地図上に事例地点がプロットされ、写真が保存される。この作業は事務所内のインターネットにつながるスタンドアローンPCからも可能である。

並行して、法務局で入手した公図をスキャニングしてPDF等イメージとしてサーバに送れば、取引事例の位置・地形情報が完成する。あとは様式に従って印刷や閲覧を行えばすむことである。この際に重要なのは既存のアナログ形式の書式や様式にこだわらないということであり、デジタル化、GIS化を指向する以上、その書式・様式もデジタル化に対応するものでなければならない。

さらに、サーバにおける基本図(一万分の一白図、二千五百分の一都計白図)に重ね合わせてゆくレイヤーを、徐々に充実させてゆくべきである。 地価公示・地価調査・固評相評標準地点位置図、都市計画用途地域図、都市計画街路図、小学校学区図、鉄道路線図、バス路線図、その他様々な情報図面をレイヤーとして保持することにより、取引事例の属性情報として必要な諸施設への距離条件等数値要因や、事例地の都市計画規制等数量化可能情報を瞬時に獲得することが可能となる。

そのことにより、地価公示等作業における取引事例作成に費やす鑑定士の労力を軽減できると同時に、属性データのバラツキや誤りが無くなる。これは以後の統計解析的分析に役立つものと考える。
また、一次データや、三次データ地点を地図上に表示することにより、取引件数が集中するエリアを視覚的に把握することが可能になる。不動産情報サービスを社会に提供すれば、市民からのアクセス情報の集中するエリアこそが、市場における注目エリアであるといえる。

一般の鑑定評価においても評価作業に着手する前に、このシステムにアクセスして事例情報をビジュアルに取得し、概括的評価額を試算できる。これは無償もしくは廉価な市民サービスにも結びつくものと考える。
2010年度はRea Map の試験施行が東京、大阪など全国14の都府県士協会にて実施され、現在も継続中であります。また今年度は試験施行区域の拡大も実施中です。 この試験中のRea Map は以下の仕様です。

a.背景の電子地図は地理院地図及びYahoo Map(変更可能)を使用している。
b.搭載データは地価公示、地価調査、相続税標準地、固定資産税標準宅地、並びに取引事例である。 公示、調査データについては国土数値情報を用いるものであり、その他の評価データ並びに事例データは参加士協会が提供するデータを、当該士協会会員に限定して閲覧に供している。
(注)Rea MapはRea Netの機能の一部であり、Rea Jireiともリンクするものである。Rea Mapにて閲覧参照できるエリアは所属士協会所掌エリアに限定される。
(注)電子地図上に公示地や事例地を表示する上で必須とされる情報は緯度経度情報(地理情報)である。地価公示と地価調査については、国交省が提供する国土数値情報が用意されているが、他のデータには公開されている地理情報はない。したがってデジタル地図のASP機能等を用いて緯度経度情報を取得する等(ジオコーディング)、事前に地理情報を準備しておく必要がある。

四、Map Client 構築事業
Rea Map における事例資料閲覧機能はNSDI-PTの本筋ではない。過去データをRea Mapにて閲覧できることはそれなりの意味があるとはいえ、閲覧機能はNSDI-PTの副産物に過ぎないのである。 取引事例調査を含む鑑定評価の全工程に地理情報システムを広汎かつ縦横に機能させることが目標であり、特に事例調査の負担を軽減すると同時に調査結果の均質性を確保することに意味がある。

この事例資料等地理情報取得システムを Map Client と仮称する。 Clientの意味はネット上の地図(Yahooもしくは地理院地図)を背景図として使うが、データはクライアントマシン上におきオフライン作業を行うという意味である。 Map Client はベータ版の構築を2010年度事業として終えており、2011年度はモジュールをRea Netで会員に開示するとともに、一部士協会では利用試験を行っている。

(注)NSDI-PTではMap Client の構築に際しても、Simple is Best を心懸け、必要以上の作り込みを行わないことを構築仕様条件としている。

1.Map Client の概要
Map Clientはオフライン処理を原則とし、Yahoo地図からは所要のデータを受け取るのみであり、Rea NetあるいはRea Mapサーバへのデータ送信は行わない。
調査対象とする事例元データは、各会員が自己のPCに保存済みの事例調査地点基本データ(XMLファイル、CSVファイル)をMap Client に取り込んで利用する。データのフォーマットはJirei10.Txtである。 この作業は各会員の利用するスタンドアローンPC内における処理であるからセキュリテイに関わる新たな問題は生じない。

2.緯度経度情報取得工程
ここで見落とされがちなことは、取引事例地に関わる緯度経度情報を調査のどの段階で取得するのが良いのかという点である。現在までのRea Map(地図システム)による事例閲覧はいわゆる五次データについて、ジオコーディングを行って緯度経度情報を取得しデジタルマップ上に表示するという工程を経ているのが通例である。 当然のことながら住居表示が施行されていないエリアでは正確な位置が表示されないし、住居表示施行地域でも若干のズレは避けられない状態にある。

Map Clientはこの地理情報取得作業を、いわゆる三次データ調査段階(新スキーム事例調査)で行おうと提案するものである。 三次データ調査工程のなかで緯度経度情報を取得し正確な地理位置を確定することにより、施設距離データも自動取得できるし、三次データの閲覧(データ利活用)に際しても効果的なのである。また自明のことであるが、公示等事例カード作成における位置図も簡単に作成できるという効果もある。何よりも三次データの利活用に寄与する効果が高いという点に着目したいのである。

3.Map Client の地理情報機能
事例元データを取り込むと、Yahooジオコーデイング機能によりネット接続するYahoo地図からおおよその場所を検索して表示する。(位置表示される地図縮尺は1/3000もしくは1/8000。1/1500まで拡大可能。)
続いて調査担当者が、地形図等資料により具体的な場所を1/1500図面にて特定し確定することにより、当該場所の緯度経度情報を取得し事例ファイルとして保存する。位置の確定保存作業はドラッグ&ドロップにて行う。

4.各種施設距離情報の取得
並行してYahoo-API(ルーテイング機能)を利用することにより、事例属性データとして所要の施設名称並びに道路距離情報を取得する。(Yahoo Mapとネット接続するためにiNet環境にあることが条件である)
取得する属性データは最寄り駅、最寄り小学校、最寄り商業施設、その他特定施設または地点への道路距離情報である。 各種施設については、予め設定した条件に基づく自動取得(あとで変更可)、あるいは施設名を入力して道路距離情報を取得保存するものである。 駅等施設のルート検索条件は、市区町村単位で事前に設定しておくものである。

5.Map ClientⅡの機能
Map ClientⅡは以上の工程で取得した事例地地理データや標準地地理データを読み込んで地図に表示するモジュールです。 Map ClientⅡでは、標準地のメモ価格を表示して、価格の均衡を検討するほかに、事例地の位置修正も可能である。

6.その他の事項
(1)取引事例調査とのリンク
前四の3項で取得し、会員PCに保存されるファイル内のデータ項目は、事例番号、所在地等の基本的事項の他に施設名称と距離情報、並びに緯度経度情報である。 緯度経度情報はCopy & Pasteして新スキーム調査結果として保存確定するが、各種施設距離情報保存データについてはそれを用いて(当面は印刷して)新スキーム調査の補完資料とできる。

(2)地図の印刷
地図の印刷は、(a)複数事例地の位置図印刷及び、(b)単体事例地について所定の書式(公示事例・二枚目)にて印刷(PDF化)の、二方法を用意している。
位置図の他に求められる地形図については、ドキュメント管理ソフト(フリーウエアもしくは廉価なものが望ましい)を利用して、地形図のスキャニング、切り取りコピーという行程を経て、前記PDFファイル(公示事例・二枚目)に貼り付けることで提出データを完成させている。

(3)固評標宅等の地理情報取得
固評標宅等について緯度経度情報を簡易安価に取得できる方法が見あたらない現状では、JIREI10フォーマットに準じたデータフォーマットを用いて、前四の3機能を利用して地理情報を取得するのが、もっとも簡易であろうと考えられる。

(4)各種分科会等における価格検討
公示をはじめ固評等における価格検討業務にMap ClientⅡを利用できるものである。会議場がiNet環境にあり、プロジェクターが利用できれば、Map ClientⅡ に価格検討に必要なデータを取り込み電子地図上に表示して、会議資料として活用できる。
公示・調査について、見込み価格や変動率をデジタル地図上に表示し価格検討や均衡比較を行うツールとしての利用は、試験施行士協会を中心にして既に実施されつつある。

五、筆者追記
デジタル化を進めて行こうとする時に、常に障害として存在するものがある。 それは従来からのアナログ型書式や作業手順などにこだわり、デジタル型への転換を認めようとしない考え方です。

例えば、Rea MapやMap Client を使うことの当面の最大の眼目は、
1.地価公示事例カード二枚目に象徴される、紙と鋏と糊的処理を無くすこと。
2.デジタルデータはデジタルのまま利用し、間違っても印刷などさせない。
という点にあります。《印刷は、漏洩や改竄などの発生原因に為りやすい。》
Map Client で緯度経度情報を取得すれば、紙であれPDFであれ従来型の位置図はもう不要となるのである。

緯度経度情報を用いるからこそ、多数の事例データや評価地点データを時空を超えてビジュアルに一覧一括処理できるのです。 また、デジタル処理の進捗は多数の数値データ取り扱いを容易にします。 鑑定業界が管理する大量の事例資料等データに緯度経度情報を付加したデジタルデータとして利活用することにより、新しい地価動向分析が可能となるであろうし、新しい情報発信と社会貢献を視野に入れることができるであろうと考えるものである。 NSDI-PTは、Rea Map とMap Clientがそれらにとって有効なツールとして活用されることを期待するものである。

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