敗軍の将とは、日経ビジネス2017/05/08号の連載コラム「敗軍の将・兵を語る」に登場した日本不動産鑑定士協会連合会・常務理事・伊藤裕幸氏のことである。コラムの惹句は「公共事業や都市開発に欠かせない、不動産鑑定士の受験者数が激減している。リーマンショック後の環境変化や知名度不足がその大きな理由だ。世代交代も控え、業界団体や国土交通省は学生の取り込みに力を入れる。」と述べる。
この日経ビジネス記事が某SNS斯界グループサイトで話題となり、「敗軍の将とは何ごとぞ」と、祭り・ミニ炎上とも云えるような活況を呈したのである。
この記事に関して、日本不動産鑑定士協会連合会は自らのFaceBook頁に次のように告知している。 『本日(5月8日)発売の「日経ビジネス」に連合会の広報委員長の記事が掲載されています。「敗軍の将、兵を語る」のコーナーに「不動産鑑定士、受験生1/3に」という刺激的なタイトルの記事ですが、内容は前向きなものになっています。ぜひご購読ください。』
当の伊藤裕幸常務理事も自らのFaceBook頁に次のように告知している。『けっして「敗軍の将」ではなし、兵を語ってもおりませんが…。20万人の読者を有する「日経ビジネス」で取り上げてもらえるならば、業界のために良しとしよう。本日(5月8日)号に掲載、ぜひご購読を。』
SNSでは日本不動産鑑定士協会連合会常務理事が敗軍とはなにごとぞと、騒々しくコメントの応酬となったのである。しかしながら伊藤常務理事の記事は、掲載された「敗軍の将 兵を語る」と云うコラムにこそ問題無しとはしないが、全体としては伊藤常務理事が述べるがごとく立派なパブリシテイであると考えられる。
さて、記事は「敗軍の将、兵を語る 不動産鑑定士、受験者1/3に」と見出しを付けている。 そこで、受験者数が1/3に激減した背景などを調べてみたいと考えたのである。負け戦の真実を知りたいと、不動産鑑定評価制度懇談会の配布資料を閲覧してみた。懇談会とは、不動産鑑定評価制度の充実に関して取り組むべき課題や政策等について幅広い検討を行うため、国交省、土地・建設産業局では「不動産鑑定評価制度懇談会」を設置し、2016/08/29に第一回の会合を行ったのである。
表現を変えれば、負け戦を続けて受験者数を激減させた鑑定業界を、てこ入れするための課題や政策等について幅広い検討行う懇談会である。懇談会は、その後2017/03まで五回の会合を重ねて骨子案を作成した。さらに骨子案を踏まえた具体的な施策の深掘りなどについて、検討を重ね、2017/05に取りまとめ素案、2017/07には取りまとめ案を作成する予定である。《国交省サイト・配布資料・懇談会スケジュール》
2017/03/13 開催第五回懇談会の配布資料は次のとおりである。
※座席表及び懇談会委員名簿
※資料1 検討の方向性に関する骨子案の概要
※資料2 検討の方向性に関する骨子案
※資料3 今後の検討の深掘りにおいて関連し得る政府取組例
懇談会の詳しい説明は上記の国交省サイトを読んで頂くとして、問題は受験生の推移である。この点については、第一回懇談会の配布資料「不動産鑑定評価の現状」を見てみる。
鑑定業界の事業規模は、3年に一度の固定資産の評価替えの年を除くと、概ね400億円程度で推移している。《同資料3頁、評価替えの年は540億円に達する》 鑑定士試験受験申込者数を見ると、2006年以降、申込者数は急減している。2006年に5,500名を数えたものが、2016年には2,000名と減少している。
「不動産鑑定士、受験生1/3に」という刺激的な記事タイトルは誤りではない。しかし注意すべきは2006年には試験制度が変更されて、「受験し易い、あるいは、合格率も高そう」といった受験予備校のアナウンス効果もあり、前年は3,000名強だった受験者数が、多くの受験者の殺到により跳ね上がったと考えられるのである。
さらに過去の受験者数を見ると、地価高騰が騒がれた1974年前後でも3,000人、1985年頃では1,300人前後である。現在の2,000名前後という受験者数は決して少ない数字ではないのである。さらに数年前までは企業による資格取得や受験への配慮があったものが、現在は行われなくなっている減少要因も認められる。
2017/03配布の参考資料集56頁・不動産鑑定士を目指した動機では、過去に25%近くあった「勤務先から勧められたから」という志望動機が最近では5%未満に激減している。志望動機のなかで大きく減少しているのは、この勤務先での勧奨である。金融不動産関連企業で受験が推奨されなくなり、合格しても優遇されなくなったとすれば、受験者数が減少するのは当然のことであろう。
つまり、受験者を増やそうとするならば、最も関連が深く受験勉強も資格取得後も有効であろうと考えられる、金融並びに不動産関連企業に不動産鑑定士試験受験を推奨するよう働きかけるのが近道であろう。ただし、企業側が不動産鑑定士に興味を失っているとすれば、当然のことながら受験勧奨は望み薄であろう。
全般的に資格者受難、ライセンス業界閉塞が云われている。参考までに司法試験と公認会計士試験の受験者推移を眺めてみる。それぞれの受験制度の変更が影響しているから、一概には云えないことであるが、司法試験も公認会計士試験も受験者数は減少している。
司法試験受験者数 2011年 8,765 名 2016年 6,899名
《出典:旺文社教育情報センター》
公認会計士受験者数 2010年 25,648名 2015年 10,180名
《出典:資格スクエア》
この”敗軍の将、兵を語る”騒ぎで考えさせられたことがある。様々な局面で閉塞状況が囁かれる不動産鑑定評価業界ではあるが、先に見たごとく、業務報酬額が大きく減少している訳ではないし、受験者がまったく集まらないという状況でもない。それでも閉塞状況が語られるのは日本経済全般のデフレスパイラルが大きく影響しているであろうし、地方では公的土地評価業務の比重が高くなり業務受託の流動性が低下しているであろうことも影響しているだろう。
環境変化や知名度不足により若者が斯界に参入して来ないと嘆くのは少し違うのではなかろうかと考える。魅力ある業界であり、活力があり、若者が歓迎される業界であれば新規参入はおのずと増えるものであろう。 若者の新規参入がなければ、不動産鑑定士の高齢化は必然であり、斯界の縮小も懸念される。そこで若者の新規参入を求めようと云うのであれば、若手不動産鑑定士を迎え入れる業界のあり方も問い直されなければならないであろう。
例えば公的土地評価について往々にして認められる参入障壁を低くするか無くすと云うことを考えなければならないであろう。多くの単位士協会で認められる高額な入会金も参入障壁となっているであろう。斯界に若者を育て迎えようと云う機運が高じてくれば問題の解決は見えてくるのではなかろうか。
敗軍と云うことでいえば、斯界は一丸となって自ら闘ったことは一度も無いと茫猿は考える。制度創設時の地価公示という乳母車に始まり、高度成長&公共投資拡大、公的評価一元化、不動産の証券化に至るまで、常に時流に背中を押され、手を引かれて今に至ったと考える。然は然り乍ら不動産鑑定評価という業界の事業規模は、公的土地評価業務を始めとする官公需の占める割合がとても高い。業容的に関係行政庁の方向性に委ねられると云える。
今また国交省、土地・建設産業局では「不動産鑑定評価制度懇談会」を設置し、2017/07/までに会合を重ねて不動産と動産を一体とした評価、農地評価の明文化、既存住宅の流通促進に関連しての鑑定評価の充実などを検討中である。
懇談会が示す方向性に関する骨子案では、若年層の不動産鑑定士が少ない要因の一つは、不動産鑑定士資格の認知度が低いことに加え、論文式試験の合格までに要する期間が長いことにあると考えられ、よりチャレンジしやすい試験とすることが求められると述べている。2017年07月に示される予定の「不動産鑑定評価方向性の取りまとめ案」で試験制度について何が述べられるのか、注目していたい。
不動産鑑定士試験制度について、「鄙からの発信」は2015/06/26付け「残日録-易化する試験 」と題する記事を掲載している。当時からの国交省・土建局の問題意識が、懇談会を発足させたものと考えられる。《本日はここまで》
《閑話休題》
例年では雑木林の奥に営巣するキジバトが、今年は庭先の柿の木に巣をかけて抱卵している模様である。夫婦鳩のどちらかが巣のまわりでウロウロしているのを撮影した。我が家の鄙度が増したのか、鳥たちが心許してくれたのか、どちらにしても似たようなものだ。うしろ姿の写真は首回りのマフラーがはっきりと見える。キジバトは山鳩とも呼ばれて狩猟対象でもある。街中で見られるドバトとは比較にならず旨いと聞いたことがある。草深包丁を使う茫猿ではあるが、このキジバトを食べようなどとは考えない。
庭にうずくまっているから、怪我でもしているかと心配したが、ゆっくりと近寄ってみれば、やおら立ち上がって歩き去っていった。
芍薬が咲き始めました。立てば芍薬、・・・・・
歩く姿だけが庭に見かけない。
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