この春の賀詞

新年に際して近年の賀詞を振り返ってみたいと思います。漢詩を習った訳でもなく、五言絶句や七言絶句の韻や形式を踏んでいる訳でもないので、読む人が読めばというより一目見れば噴飯ものであることは、承知しています。マア、軽いお遊びと言うことで御容赦下さい。
1999年元旦
茫猿遠望 (春から吠えるのは気が引けたので、望に替えた)
只管打座 (茫ケ猿が、只々、グダ(管)ウダ(打)言って座ってる)
華酔在夢 (華に酔い、夢うつつの昨日が忘れられない)
春風献上 (それでも、春風は皆に届くだろう)

「只管打座」については嘘です。道元禅師の公案です。ひたすら座禅するのみということのようです。真宗でいえば、念仏三昧ということでしょうか。違ってたら御免なさい。

1998年元旦
企者不立 跨者不行 を弁えず
(企みに走り、驕りを恥じず)
知己者英 勝己者雄 に足りず
(身の程もしらず、自己制御もできず)
得意淡然 失意泰然 に在らず
(舞い上がり、舞い落ちるバカな私)
騎虎馬齢 五十路半 が為す処
(ただただ、年を重ねてもうすぐ五十半ば)
華酔在夢 春風献上 を想う也
(正月くらいは、華に酔い夢に枕したい)

1997年元旦
起即半畳而横臥一畳
(立てば半畳、寝ても一畳あれば十分)
寝溜喰溜遣溜不出来
(寝溜めも、喰い駄目も、ヤリダメも出来やしない)
厠姿皆同風呂入皆裸
(厠のなかでは皆同じ、風呂の中では皆裸)
迷道解脱遙賀正言祝
(道に迷ってばかりだが、正月が来ただけでもめでたい)

1996年元旦
記録がありません。絵柄は梅に鶯と憶えていますが、惹句は忘れました。

1995年元旦
馬齢五十年 華酔在春眠
未到不惑筵 迂遠也耳順
特に説明は必要ないでしょう。筵はむしろと読みます、至る処とでもいいましょうか。

1994年元旦
人皆横行 我独直行 (思い上がってますなあ!)
孤犬遠嘯 梅薫沈浄 (この頃から遠吠えや、嘯く癖がでたようです)
とても稚拙ですが、初めてCGを使って作成した賀状です。

94年の賀状はエエカッコシイですね。五十を前にして粋がっていたみたいです。 97年になると、道化の雰囲気がでてきて、素直になったみたいです。ただ、知人縁者からは正月から品がないと顰蹙を買いました。糞溜不出来と書かなくてよかった。 98年は説教じみています。そろそろ頑固親爺に近づいたのかな。 今年は老猿の開き直りか、居直りか。それとも種が尽き果てたか。
いずれにしましても、「正月や冥土の道の一里塚」とは「八〇歳になって、盲目の森女と愛情生活をもった、一休禅師」の喝でしたか。「めでたさも中くらい也おらが春」とは、60近くになって相続争いをした一茶の句でしたか。元旦など三百六十五分の壱に過ぎないのに、何故か意味を持たせようとするのは、社会という群を離れては生きられない「ヒト属ヒトの性(サガ)」でしょうか。

 この記事は正確には99/03にアップしたものを99/01年賀記事に置き換えたのである。当時の「鄙からの発信」はブログではなく一般的なホームページであった。賀状のイメージは07/05/13に保存してあった記録からスキャニングして掲載するものである。99年00年は記録が残っていず2001年以降は本年まで賀状は出していない。

当時、会長選挙立候補との関係で慌ただしくサイトをリニューアルスタートしたものであり、ウエブサイト再スタートに対する意気込みも特になかったし、その後数度のスタイル変更を経て現在まで続くとは想像もしていなかった。だから99/01~99/03日付の一連の記事が初代「鄙からの発信」にアップされた記事ということになる。なお、賀状の文面から見る限り97年賀状には既にURLが記載されている。CWGGIXという当時利用していたプロバイダーが発行するURLである。当時高校生であった次男が遊び半分でサイトを立ち上げてくれたと思い出すのだが、記録が何も残されていないので今となっては何も判らない。

鑑定協会会長選挙に立候補するなど、今から思えば冷や汗ものであるが、当時はそれでも一石を投じる意気込みがあったし、茫猿の無謀とも思えるその意気込みを理解し物心両面から支えて頂ける多くの仲間が存在したのである。【2007/05/13注記】

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