民家の再生

 長野県松本市の郊外、安曇野に降幡建築事務所を主宰される降幡廣信
氏という建築家がおみえになります。氏は80年代当初から「民家の再
生」というお仕事をなされています。
 先日、松本市郊外の浅間温泉「菊の湯」で、先生の講義を伺う機会が
ありました。昭和末期から平成初期にかけて、次々と失われてゆく趣の
ある民家を見るたびに、残念な想いをいたしておりました茫猿にとって
も、我が意を得たりの思いのする講義でございました。
【今回は、一部は茫猿の意見もまじえた、降幡先生の講義要約です。】
 従来、建築には新築と復元がありました。新しい建物を造ること、失
われた古い文化財的価値の認められる建造物を復元することの、二つの
建築スタイルが主流であり、再生という考え方は社会の認知を広く得て
おりませんでした。
 再生とは文化財の保存復元ではなく、一般に利用されてきた古い民家
を、生活の場として利用が継続される状態で生かしてゆくことです。
 「民家の再生」とは、古い民家を再利用することとも異なります。
築後百年、二百年を経た、商家や農家の部材を再利用してレストランや
在来工法風の店舗を建築するのが再利用と云うのならば。
 再生とは、命を失いかけ取り壊される運命に直面する民家に新しい命
を吹き込み、「伝統的在来工法」の良さと、「現代の機能性」をミック
スさせて、復活再生させることと、降幡先生は申されます。
 市街地であれ、農山村であれ、日本の町並み景観に個性が失われ、歴
史を感じさせる町並みが無くなっています。金太郎飴のように、何処へ
行っても同じような画一的町並みが多くなりつつあります。
 歴史を感じさせる町並みは、日本固有の文化を示すものであり、町並
み景観の個性はその街の持っている歴史の所産でもあります。
 歴史を感じさせる町並み、文化的背景を偲ばせる町並みは、思想を持
つ建築物なかんずく施主の考え方が明らかな住宅から生み出されるもの
と先生は云われます。住宅は、気候風土に適応し、快適に過ごせるよう
に数百年・千年の経過を経る中で、創意工夫が重ねられ現在に至ったも
のです。
 効率優先、機能優先の住宅は陰の無い明るさだけの住宅です。照明に
効果をもたらし文化性をもたらすには、陰があってこそのことであり、
陰の使い方、或いは一見無駄にみえるユトリ空間の持ち方が、住宅に落
ち着きや精神的な豊かさをもたらします。
 30年保てばよい、ローンが払い終える間だけ保てばよい、子供達は
子供達で好きな家を持てばよいとい考え方には、子育てを行う家を通じ
て、躾とか、伝統とか、文化とか心とかを伝えてゆこうという考え方が
隅に押しやられています。子供や孫にとっても愛着が持てる家を造ろう
という考え方が失われているのが、とても寂しいことです。
 グローバル化の世の中、子供といい孫と云い、何処に住むやら判らな
いのに、先のことなど判るかという考え方で建築した家に、施主の思想
や哲学が読みとれないのは無理からぬことでしょう。子孫が其処に住ま
なくても、子供達を育てる家であり、子供達が帰ってくる家であり、よ
しんば他者に譲っても他者が心豊かな生活を送れる家でありたいという
意志が背景にある家は、町並みに自ずから歴史を加えてゆくものです。
 日本の東京は、北緯35度に位置します。これはロサンゼルスに等し
くローマより南です。海流や季節風の関係がありますから単純に比較は
できませんが、北緯50度のロンドンや40度以北のニューヨーク・ボ
ストンと同じ形態の住宅が良いと云うことにはならないでしょう。
 又、日本は四季のはっきりした気候に恵まれると共に、年間の温度差
が35度から40度もあります。更に刺寒・蒸暑で多雨の国でもありま
す。年間降雨量が日本の3分の1で湿冷・焦熱のローマは云うに及ばず
パリやロンドンとは大きく異なります。
 太陽エネルギーの(炭酸ガスを光合成で貯蔵)恵みである木材を中心
に、土壁や掃き出し窓、廻り廊下などで造られる、気候風土に合わせ地
域に根ざした伝統的工法の民家は、環境問題にも一つの解決策を示すも
のでしょう。
 木材や土壁の持つ湿度調節機能や掃き出し窓などの優しい換気機能を
持つ在来工法住宅と、電気や石油エネルギーに頼った似非とも云える換
気空調機能住宅とは自ずから区別されるものであり、自然と共生するこ
とを目指す考え方からは考え直すべきものではないでしょうか。
 降幡先生からは、もっと多くのことを伺いましたが、最後に「舗設」
についてお伝えして、本稿を閉じます。
【舗設について】
 和風住宅と洋風住宅を大きく区別するものに、「舗設・しつらえ」が
あります。洋風住宅は家具調度(テーブル、椅子、ベッド等)を配置し
て機能を発揮します。一端、配置された家具調度はほとんど変えること
はありません。
 和風住宅は毎日布団を上げ降ろしし、季節毎に、来客毎に掛け軸を替
え、飾り物を替え、座布団を替え、膳を替えます。時には夏冬で襖、敷
物まで替えます。
この時に応じ、状況に応じて、住まいの様相を整えることを「しつらえ」
と云います。
しつらい【設い】シツラヒ
設けととのえること。飾りつけること。設備。しつらえ。
竹取物語「うちうちの―には、いふべくもあらぬ綾織物に絵をかきて、
間毎に張りたり」 (「室礼」「鋪設」は当て字)
請客饗宴・移転・女御入内(にようごじゆだい)その他、晴の儀式の日に、
寝殿の母屋もやおよび廂(ひさし)に調度類を整えること。
(以上、広辞苑より引用)

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