新基準を考える-特定価格とコンサル

【茫猿遠吠・・新基準を考える-特定価格とコンサルタント・・02.10.16】
 『鄙からの発信』は鑑定業界に感じる違和感を取り上げて、記事にしてきました。最近は基準改訂について考えています。今回は、特定価格についての散漫な記述ですが、読者諸兄姉にとって他山の石にでもなればと思います。(茫猿は枯れ木も山の賑わいと遠吠する者です。)

 尚、新基準を考える上での参考資料として、以下の記事を掲載する。
H14.1.31付、不動産鑑定評価部会第10回議事録
※堀田勝巳氏「論文集 005 DCF法のタテマエと本音
※田原拓治氏・田原都市鑑定(株)鑑定コラム
  5)空室率4%  49)全国ビル空室率と継続賃料下げ率

 さて、不動産鑑定評価と算定評価は異なる。では何が異なるのか。
予め定められた数表によって得られた数値データを、同じく予め定められた算式に入力して評価数値を算定するのが算定評価であれば、鑑定評価は対象不動産の要因を分析し経済価値を判定しその結果を価額表示する作業である。

(注) 固定資産評価や相続税財産評価の画地計算が算定評価に最も近いであろう。
土地価格比準表による国土法審査価格等の算定は、相当な判断要素を含むモノであり、茫猿からみれば算定評価よりは鑑定評価類似行為にみえる。だからこそ鑑定士にも活用が求められているのであるが。(ただし、土地価格比準表においては、比準価格算定表あるいは住宅地等調査及び算定表とされている。)

しかも、不動産鑑定評価作業は分析・判定・価額表示の過程を反復して行う作業であり、不動産鑑定士の知識、経験、判断力に依存するものである。
平たくいえば、目利きである鑑定と秤量比較である評価との渾然一体とした融合作業が鑑定評価であると云えよう。

 このように、鑑定評価という言葉は重い背景を持つものです。同時に、分析結果や判断結果を言葉でもって報告する鑑定士は、用語に対して厳しい定義や術語使用認識を持つ必要があると考えます。今、そのような根源的な認識が曖昧になっている、或いはなりつつあると茫猿には見えるのです。

 鑑定業界に流布する「いわゆる特定価格」、「簡易鑑定」、そして今回の「特定価格」に違和感を感じるのです。 不動産鑑定士は、市場から得られる情報を整理し、加工し、時に翻訳して依頼者に適正な価格の在り処を鑑定評価書という文書でもって示すことをもって生業(ナリワイ)としています。言ってみればコトバでもって報酬を得る職業でありますから、コトバに対する感覚・対処法は鋭く揺るぎのないものでなければならず、曖昧な用法や誤った用法は厳に戒められなければならないと考えます。

 旧基準で価格種類は、正常、限定、特定でした。鑑定評価基準における「価格種類の変遷」をたどると、なかなかに興味深いものがあります。

1964.3.25基準 「価格の種類は、正常価格と特殊価格」
・正常価格についての定義は現行基準と本質的差異はないが、特殊価格については、企業会計処理、公共財産、清算・競売・公売、担保安全性、当該賃借人譲渡等、その後に特定価格に定義変更になったり限定価格に変更になるものが混在している。

1969.9.29改訂基準 「正常価格(賃料)と限定価格(賃料)」
・価格概念に賃料種類が含まれたこと、分割・併合等現行の限定価格につがる限定価格概念が創設され特殊価格概念が廃止された。
 ただし、なおがきとして、企業合併の再評価等の場合の特定条件に即応する価格 (特定価格)を求めることができる場合があると表示されている。
・鑑定評価概念を明確にし、コンサルタント的価格を排除した基準といえよう。限定価格についても、採算のとれる範囲を示すコンサルタント的性格のものであるという解説がある。(門脇惇・鑑定評価要説P49)
・また、この件については、(加藤実、鐘ヶ江晴夫・鑑定基準の問題点P26)にも興味深く鋭い指摘がある。

1990.10.26改訂基準 「正常価格(賃料)、限定価格(賃料)、特定価格、継続賃料」
・継続賃料のことはさておき、特定価格が創設された点に注目すべきである。しかし、ここに云う特定価格は、宗教建築物等、会社更生法更生目的財産、担保としての安全性考慮要請の場合と、例示されている。

2002.07.03改訂新基準 「正常価格(賃料)、限定価格(賃料)、特定価格、特殊価格そして継続賃料」である。
・旧基準特定価格の内、宗教建築物は特殊価格へ、更生目的財産は特定価格へ移動し、担保安全性考慮要請は例示から除外された。
・そして、投資採算価値を表す価格と早期売却を前提とする価格が特定価格として例示された。

 この一連の経緯をどのように受け止めるかは読者の判断に委せたいが、茫猿は特定価格や特殊価格という用語の創設拡大が時代の要請を受けてのこととはいえ、やや安易に使用されているように思えるし、違和感を禁じ得ない。

 投資採算価格の主要部分はJ-REITに関わるものであろうが、これらは事務所ビルであれ店舗ビルであれテナント賃料収入が前提であろう。そしてそれらのテナントビルは類型的には「貸家及びその敷地」であろう。

 さらに、早期売却を前提とする特定価格に至っては、早期売却に伴う減価の判定方法がさっぱり理解できない。『鑑定士の判断という蛸壺』に入ることを想定するのであれば論外である。

 貸家及びその敷地のDCF法収益価格を標準とする正常価格とテナントビルの投資採算価値を表すDCF法による特定価格には、具体的にどのような差異があるのであろうか。茫猿にはよく理解できない。(どなたか、教えて下さい。)

 また、直接還元法収益価格を採用せずに DCF法を採用する理由として、DCF法は説明性に優れたものであるから鑑定士の説明責任を充足するものであると云うが、説明因子が多くても各説明因子の把握が不十分であれば結果として「合成の誤謬(用語的には少しズレルが)」を招く可能性があると云える。DCF法は地価(賃料)上昇期には有効であるが地価下落期には問題が多いという指摘もある。

 DCF法に限らず収益還元法を的確に適用できる環境(賃料及び諸経費等資料収集システムの整備、利回りや空室率等のデータ整備、賃料・建物比準の手法整備)を整えることが急務であり、これらを等閑にして導入を急ぐことは合成の誤謬を呼ぶ可能性が高いと云えるのでなかろうか。短絡的にDCF法の方がより精緻と言わないのは評価できるが。

 先月来、鄙からの発信にて、賃料インデックス整備について発言した意図は、其処にある。膨大な資料整備が必要であり、それを個々の鑑定士の努力に委ねるのはあまりにも無理があると考える。

 収益還元法の現状は多くの問題点を内在させているが、それは後日に譲るとして、一つだけ指摘しておきたい。賃料変動率について横這いないし下落は採用し難いという説がある。その理由として日本経済のファンダメンタルズを考えれば長期下落は容認できないというものである。

しかし、収益価格というものが将来の予測可能期間における純収益の総和を求める手法である以上、予測可能期間における賃料推移を横這いもしくは下落とする判断の存在をハナから否定するに足りる論拠としては説得力に乏しいのでなかろうか。(直接還元法における賃料変動率判定と、DCF法分析期間における収益変動とは異なるのではないかと考えるのである。)

 前記と対比できるのは、デフレ基調における「地価水準横這いという判断」は実質上昇であるという論旨がある。その伝に倣えば、分析期間予測収益を横這いとすることは実質上昇であると云えないだろうか。

 価格種類の変遷と不動産鑑定評価部会議事録を重ねて読むと背景が浮かび上がってくるわけで、時代の変化、市場の変化と要請により価格種類も変化してゆく訳です。
 価格種類は変えては為らないモノか、変わらねば為らないモノなのかという議論はさておくとして、鑑定評価に求められるモノは「正常価格(市場価値を適正に、或いは的確に表示する価格)」であると規定できないものであろうか。

 それ以外の、市場に於ける様々なプレイヤーが不動産鑑定士に求める価格は、コンサルタント価格であると規定できないであろうか。コンサルタント価格であれば野放図になるとする議論があるが、それこそが不動産鑑定士を貶める議論であろう。

 不動産鑑定士がその経験・知識・判断力を駆使して、正常価格を基礎とした上でコンサルタント価格を調査報告するということにできないものであろうか。ここで云うコンサルタント価格とは、云うまでもないことであるが、恣意的主観的判断によるモノでなく、客観的論理的判断に拠るモノであり、論拠を明らかにした上で、第三者に対しても説明責任を充足するものでなければならない。

 一方で同じ内容の書類でも、鑑定評価書と調査報告書とでは重みも報酬も違うという意見が根強くある。不良債権処理に関わる鑑定評価留意事項が提示された折りにも、「いわゆる特定価格」とする表現に異議を唱えたら、市場が求め政府が容認するモノであるのに何故異議を唱えるのかと論難された記憶がある。つまり、「不動産鑑定士の独占業務である鑑定評価需要の拡大に逆らうのか」という主張であり、規制という保護枠を拡大しようとする主張である。

 茫猿は鑑定士の業務拡大を否定するつもりは全くない。しかし、規制枠の拡大に頼ろうとする守り姿勢は時代潮流に逆らうモノであり、鑑定評価とコンサルタント業務を峻別しない鑑定士の姿勢が、結果として鑑定評価の閉塞状況を招きはしないかと危惧するのである。

 鑑定士の倫理に関する先号の記事でもふれたことであるが、依頼者から報酬を得て鑑定評価書を発行する行為に、外面的かつ内面的な独立性・中立性を求めるのは難易度が高いことではある。

 であればこそ、説明責任を充足する「正常価格とコンサルタント価格」を併記して、依頼者の需要に的確に適正に応えようとする姿勢の方が、より明確であり市場の信頼をかちえる近道であろうと考えるが、如何なものであろうか。

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