冊子・止揚第105号「負けいくさにかける(89)福井達雨著」より転載 《その2》
《重い知能障害をもつ人たちの中で》(2008/12/25クリスマス礼拝)
その2『生命まで守ってもらい』
※この記事は止揚学園のご理解をいただいて、冊子・止揚からの転載です。
※文中に保母さん(保育士)や看護婦さん(看護師)という表現がございますが、筆者の思いを尊重して原文のままに表記します。
その2『生命まで守ってもらい』
でも、親たちの裏切りの中で、(人間は本当に冷たいなあ)と、激しい憎しみを私は感じておりました。心の中で裏切るより、裏切られた方がいい)(憎むより、憎まれた方がいい)、こんなことを何度も何度も言い聞かせながら、耐えておりましたが、心の中は人間の冷酷さに対する激しい怒りで燃えておりました。
あの時のことを、ずっと心の中に引きずってきたと思うんです。実はこの平本さんというお母さん、その時子どもと一緒に退園して行った方でした。 手紙には、こんなことが書いてありました。
『十年ほど前に主人は亡くなってしまって、私も歳をとって病気をし、もう生命もわずかかも知れないという状態です。一年ほど前に、息子と一緒に旅行をしました。本当に楽しい旅行が出来ました。その時、深く思ったことは、こんな旅行が出来るのは、福井先生がこの子の小さな時に、オムツを外し、一人の人間として生きていくための、大切な教育を心をこめてしてくださったからです。そして生命まで守っていただきました』。この”生命を守っていただいた”という言葉の中には、こんな事がありました。
この平本くん、腎臓病に罷ったことがあるんです。大変重い状態でした。その時分、近くにあった能登川病院は今のように立派ではなくて、小さな病院でしたけど、そこに連れて行き、診察をしてもらったんですがその時、「入院が必要ですけれども、この子は無理です」と、入院を拒否されたんです。
私はその少し前に、小林嗣人くんという子どもが糖尿病で、近江八幡の病院で診てもらった時に、同じ事を言われました。 「入院は必要だけれども、この子は無理だから、止揚学園に連れて帰って、指示する通りにしてください」
私はその時、糖尿病の怖さを知りませんでしたので、そのお医者さんの言うことを、そのまま鵜呑みにして帰ってまいりました。一週間ほどして小林嗣人くん、血糖値が上がって天上に召されました。あの時、私は(小林嗣人くんの生命を侵したのは僕だ)と思いました。そして、これからこういう事があれば、どんなことがあっても入院させようと、激しい思いに駆られておりました。
平本くんが同じような状態になった時、私は能登川病院の院長室に行きまして「どうしても入院させてくれ」と、座り込みをいたしました。まだ三十代の若い、激しい私の抗議の中で、院長先生は非常に困られて、入院を許可してくださいました。
それから一週間ほどして、院長先生から私に電話があって「看護婦の研修会に、話をしに来て欲しい」と頼んで来られました。
「どうしてですか」と訊いたら、 「平本くんが入院して、その看護を止揚学園の保母さんがしておられるけども、本当に心を込めて献身的で、明るく、その姿に看護婦たちみんなが感動して、止揚学園の話を聞きたい、と言っているので、来ていただきたいのです」ということでした。
《学園の正面》
私は喜んで話に行きました。そして、能登川病院と止揚学園の太いパイプがそこで生まれました。(あの時、平本くんが入院していなかったら、そして仲間の保母さんたちの、心ある看病がなかったら、ひとつの道は拓けなかったなあ)と思っています。
”生命まで守ってもらって”と手紙に書いてあったのは、そんな意味があったと思うんです。
その手紙には、『実はあの時、私はその裏切りをしたくなかった、間違っていると思っていました。でもリーダーの人の、強い言葉に抵抗できずに、それにただ従ってしまいました。本当に悪かったと思っています』
『だからその重荷を、良心の阿責をずっと背負い続けて来ました』
『もう生命がわずかしか無いかもわからないので、どうしてもあの時の裏切りを謝りたいと思って、こうしてお手紙を差し上げました』と。
そして、手紙と共に高額のお金が封筒の中に入っておりました。 私はすぐにお礼状を差し上げたんですが、すぐに平本さんから電話がかかってまいりました。そして泣きながら言われました。
『福井先生に心から謝らなければ、死んでも死にきれないんです。本当にごめんなさい。あの時の裏切りは、ずっと私の心の重荷でした』 こういう風に電話で言ってくださいました。
私はこの出来事に(人間は冷酷だ、本当に冷酷だ。でも人間は温かいんだなあ。あの十数人の中に、こういうお母さんもいたんやなあ)と、非常に落ち込んでいた時ですから、この手紙と電話をいただいて、何か心が明るくなるような気がしました。そして、手術を受けようと決心したんです。 《この項続く》
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