死は優しくて、美しい 《1/4》

『負けいくさにかける(91):福井達雨』(冊子止揚より転載:全4部のうちその1)
 ※本稿は止揚学園のご好意により、冊子止揚連載の記事を転載するものです。
 ※本稿を転載等ご利用されたい場合は、止揚学園:渋谷様までご連絡下さい。
 ※止揚学園 電話0748-42-0635 Fax0748-42-0806 止揚編集:渋谷
《地球が滅びる》
 台風、地震と日本列島は大荒れです。その度に沢山の生命が失くなり、深い悲しみを感じている私です。しかし、地球の温暖化がこの現象を起こす大きな原因になっていて、その温暖化は国や人間が自分たちだけの幸福や利益を求める利己や高慢、欲から生まれ育ってきたものなのです。
 私は(私たちが一日も早く、他者を思いやる優しい心を持ち、謙虚さを取り戻し、どんな小さな生命でも大切にする自分への厳しい姿勢を持たへんと、地球は滅びるなあ。僕一人でも自分の足元から温暖化防止を進めんとあかんなあ)と考えています。


 そんな或る日、数人の職員の子どもたちが私の家に入ってきて遊び始めました。私の家はこの子どもたちの遊び場、溜り場になっていて、休みの日は朝から夜まで子どもたちの笑い声、泣き声が満ち溢れ、(大抵の老人やったら、こんな騒音の中では落ち着いた生活はできへんやろうなあ)と思いつつ、(この子どもたちが大人になった時、地球はどうなっているんやろう。存在してるんかなあ。今よりもっと激しい天災地変が起きて、大変な試練を受けるんやないやろか。地球が滅びるという悲劇に出会うのかもしれへんなあ)と考えると、子どもたちが喧嘩をして泣いていても、いたずらをして騒いでいても、叱ることができなくて、反対に深い愛おしさを感じている私なのです。
今も子どもたちは私の思いも知らずに、楽しく遊んでいます。その姿を見ていると、(絶対に温暖化を進めたらあかん。地球を滅ぼしたらあかん)と心が燃えてきます。
 そのようなことを考えながら、子どもたちを見ている時、知人の小池さんから「東京の病院に癌で入院している」と電話がかかってきました。私は「明日、見舞いに行くわ」と約束して、電話を切りました。夜に、また、「聖書を持ってきて」と小池さんから電話があって、その声が弱々しく、私は(病気が進んでいるのかなあ)と胸騒ぎがしました。
 次の日、連れ合いの光子さんと仲間の保母さん、そして、私の三人で東京の病院を訪ねました。とても暑い日でした。 病室に入ると、小池さんは痛みがひどいのか、苦しそうでした。聖書を渡し、 「長くいるとシンドイやろう。帰るわ」 というと、小池さんが弱々しい声で、「側にいてほしい。気が紛れるから」と呟きました。
 小池さんは頑固で人間的に強い人でした。その小池さんからこんな言葉を聞いて、私は(こんな弱気な小池さんを見たことがあらへんなあ)とドキドキしました。私たちは痛みに耐えている小池さんの側で、四時間ばかり座ってポッリボツリと話をしました。しばらくした時でした。小池さんが、「キリスト教の洗礼を受けたいけど、どう思う」と苦しい息の中で尋ねました。小池さんとは三十数年の長い付き合いでしたが、仕事一筋の人で、「仕事の鬼」といわれ、宗教的な話は一度もしたことがありませんでした。
 「エー、小池さんは無神論者やと思ってたけど、そやあらへんかったの」と私は驚いて尋ねました。
 「初めはそうでしたが、キリスト教施設の止揚学園によく行くようになり、そこで歩んでいる人たちと交わっている間に、(この人たちがどうして、こんなに活き活きと楽しく知能に重い障害を持った仲間たちと生活できるんだろう)と考えるようになり、(それはキリスト教の信仰を皆が持っているからだ)と気付いたのです。そのことがあって、ここに入院してから、(キリスト者になりたい)
と強く思うようになりました」と小池さんが一気に話し、また、痛みがきたのか、顔の表情が険しくなりました。
 キリスト教の聖書に「宦官が言った、ここに水があります。わたしがバブテスマ(洗礼)を受けるのに、なんのさしつかえがありますか″これに対して、ビリポ(イエスさまの弟子)は、〝あなたがまごころから信じるなら、受けてさしつかえはありません″と言った」という箇所があります。私はそのことを小池さんに話して、答えました。 「ほんまに心から洗礼を受けたいと思っているんやったら、何の差しつかえもあらへん。受けたらよいやんか」
 二日後、小池さんは洗礼を受けました。その式の後、私が小池さんの手を握ると、痛みがどこにいったのかと思うような明るい笑顔をみせて、「ありがとう」と小声で言いました。私は小池さんとの長い付き合いの中で、「ありがとう」という言葉を聞いたことがなかったので、驚き、思わず小池さんの手を強く握り、笑顔を返していました。仲間の保母さんたちの讃美歌が静かに響きました。   《2/4へ続く》

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