負けいくさにかける(94) 《4/4》

 負けいくさにかける(94) [重い知能障害をもつ人たちの中で]
 滋賀県東近江市 止揚学園リーダー・福井達雨氏筆《2/4》
※本記事は止揚学園のご好意により、冊子止揚連載記事を転載しております。
 今回は百五歳を迎えられた福井先生のお父上を語り、そして老境を迎えて感じる幸せを語っておられます。 本記事は「その四、歳をとることは幸福なこと」です。


四、歳をとることは幸福なこと
 家族とホームドクターの温かい心に支えられ、畳の上で死を迎えた時、安らかな思いを持てるのか、二人の親の死は静かな、静かな大往生でした。その中で私は(こんな死を迎えられたら幸福やなあ)とシミジミ思いました。
 老化現象が進んだ親と共に生きることは、現代の核家族の中ではとても難しいことだと思います。一人で介護をすれば、精神的に、肉体的にどうしても押し詰められ、どうにもならなくなります。しかし、止揚学園は百人近い仲間(入園している人たちと職員たち)がいて、親と共に生活している職員たちを支えることができるのです。だから、その職員たちは旅行や外出、休むこともできます。
 私はこれを「人の社会」 ではなく、「人間の社会」と考えています。「人の社会」とは(自分の家族だけ)、(自分の場だけ)というように自分だけを大切にして生きる人たちの集まった社会を言います。「人間の社会」とは、人が集まって助け支え合い、連帯を持ち(人を幸福にしよう)と行動する人間たちの社会です。
 「人の社会」は、助けを必要としない強い人や若者、障害をもたない人たちは生き易いです。しかし、その反対の人たちは生き辛くなります。「人間の社会」は、助け支え合う社会ですから、弱い人も強い人も、老人も若者も、障害をもった者ももたない者も、お互いに力を合わせて活き活きと歩めます。
 止揚学園は、(赤ちゃんから老人まで共に歩み、相手を思いやる優しい心があふれた、ぬくもりのある人間の社会を創り育てよう)という理想を持ち、行動しています。夢は見て覚めるものですが、理想はそれに向かって努力しつつ実現していくものです。
 私も七十人歳になり後期高齢者(好きな言葉ではありません)と言われるようになりました。でも、出会う人が、
 「六十代にしか見えません。若いですね」
 と言ってくれます。お世辞と分かっていても、「若い」と言われると心がウキウキし、
 「僕なあ、今でもソフトボールなどしてるんや。階段かて走って上れるわ」
 と自慢してしまいます。それが滑稽なのか皆から笑い声が上がります。その中で幸福を感じている私なのです。
 さて、私はこの頃(幸福とは何やろうか)と考えるようになりました。
 辞書には(幸福は今に満足し、それ以上の望みを起こさないこと)と書かれています。
 しかし、多くの人間は (未来に素晴らしいものが待っているのでは)といつも前を見つめ、今になかなか満足できないものです。辞書によると、いつも何かを追い求める人間は幸福には縁遠いということになります。
 さて、私は幼い時、どんな小さなことにも喜びを感じました。「夕食はカレーだよ」と言われるだけでワクワクしました。家族で京都に遊びに行く前の夜は、嬉しくて寝られませんでした。幼い時、いつも楽しく、幸福は自分の側に輝いていました。
 成長し、知恵や力がついて強くなり、頑張れるようになると(幸福は自分で掴むもの)とそれを追いかけました。しかし、つかんだと思った瞬間、幸福は遠のき山の彼方に去ってしまいました。手を伸ばせば伸ばすほど見えなくなる幸福に、私は悩み(自分は駄目やなあ)と劣等感に押しっぶされました。若く強い時、幸福は私にとって黒い雲でした。明るい光ではありませんでした。
 そして、七十人歳になり、少しずつ強い私が弱さを持つようになりました。この頃、人と人との関係の中や美しい自然に出会う度に、(優しいなあ。美しいなあ)と感じることが増えてきました。そして、フト幸福を感じている自分に気が付くのです。
 幼い子どもたちが私の側で楽しそうに遊んでいるのを見ていると、(僕はいつも幼い子どもたちに囲まれて、一人ぼっちやないんやなあ。幸福やなあ)とフト思うのです。
 歳をとって弱さを持つようになってから、フト感じる幸福が次から次へと生まれてくるようになりました。幸福は幼い時にはいつも私の側に明るい光を放っていました。強さを持つようになると、効果や結果を求めて一生懸命に前に進もうとしました。 そして、幸福がそこにあるようでなく、遠のいてしまいました。歳をとり(弱いことって素敵やなあ)と思うようになって弱さを大切にするようになると、幸福が側によってきて、優しく私を包んでくれるようになりました。謙虚になり、感謝の心が増えてくると幸福もドンドン増えてくるようです。
 私はこの頃、(幸福は強さを持っている人間より、弱さを持たされた人間のほうが深く感じられるものやなあ。歳をとることは幸福なことなんや)と思えるようになりました。
『追記』
 読者の皆様のお心にかなえば、ご支援の手をお願いします。 また止揚学園だけへのご支援をお願いするものではございません。何かをお感じになりましたら、どちらへでも、お心のかなう先へ手を差し伸べてみませんか。 心がほっこりと温かくやすらかになることでしょう。
 止揚学園  滋賀県東近江市佐野町885
 〒521-1222 ファクシミリ0748-42-0806
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