2011年のお盆

 今年もお盆の季節が巡ってきた。 毎年のことだが、盆の時期にはあれやこれやと考えさせられる。 08/06という日があり、08/09の日があり、そして08/15の日がやってくる。今年は03/11大震災と原発事故がまだまだ治まりを見出せていない。
 一昨年までの盆は両親共に健在で、帰ってくるあてもない孫たちの帰郷を待っていた。昨年は母の新盆で、父は独りで手押し車を押しながら墓参りに行ったものである。今年はその父の新盆となってしまった。 誰かが訪ねてくるあてもない盆だけれど、門先から座敷前にかけて枝先を伸ばしている庭木をそのままにしておくにしのびず、刈り込んだ。 さっぱりとした庭先を眺めていると、何とはなしに虚しくなってくる。


 素人仕事だけれど、混み合った枝を切り払い、伸びた枝先を刈り込めば、それなりに涼やかな庭先となるのだが、独り眺めて「よし、よし」と呟くのみである。 母がいれば「サッパリとしたね。」とか「ご苦労さん。」とでも言ってくれるだろうに、誰も応えてくれないのが、何やら虚しいのである。
 盆前後になると、テレビは特集番組が多くなるのだが、近年は録画再編成や再放映が多くなったような気がする。 それも当然のことで、1945年8月当時に20歳であれば既に85歳、15歳であっても80歳である。当時の証言者は年々この世から遠ざかってゆくのである。 30代や40代が多い番組のMCやコメンテーターの発言にも、現実味が年々乏しくなってゆくのも当たり前のことであり、体験者が少なくなるとともに、体験は風化し歴史となってゆくのであろう。
 茫猿にしたところで、応召体験や空襲や食糧難を語ってくれた父も母もいなくなり、茫猿自身の戦後の追体験も、遠い日の歴史になりつつある。 盆や正月にお宮参りや寺参りをすれば、門前に必ずいた白衣の傷痍軍人の人たちを見なくなってからもう何年経つのだろうか。 ガダルカナルの飢餓体験を言葉少なに語ってくれた新家の叔父が亡くなってからでも十数年になる。
 Rea Map にしても、Map Client にしても、その普及と理解から総てが始まるのだと思いこんで、プレゼンテーションを実行すべく機会を捉えて頑張ってはいるのである。 Rea Map の普及が新スキーム改善問題に寄与し、不動産センサス実現に道を開くであろうし、そこからRea Reviewにもつながると思いこんではいるものの、障害の大きさばかりを口にし、現実論へ逃避するようにも見える人たちを見聞きすれば、自分は何をしているのであろうかと、やはり何やら虚しくなってくるのである。
 潮目は変わるのであろうか、それとも変わらないのであろうか、たぶん11/15から月末にかけてが、茫猿の終戦記念日になりそうな予感がする。あと三ヶ月、今の茫猿にできるだけのことをして、あとは流れに委せようと思っている。 それ以上は茫猿の役目ではなかろうし、それ以上を言うのは烏滸がましいというものであろう。
 そんな由し無しごとを考えながら、表に出ると風が心地良い。昼間は暑くても、夜になれば秋の風が清かである。 ふと空を見上げると月齢13の月が中空に懸かっている。 もうすぐ見逃した「大聖堂」の最終回再放送が始まる2011年の盆である。
 

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