地価公示と日本再生戦略

2012.07.31に閣議決定された日本再生戦略は、「3.11以後の日本について、フロンティアを切り拓き、新たな成長を目指す国家を目標とし、これまでのようなGDPの増大という「量的成長」のみではなく、「質的成長」も重視する「経済成長のパラダイム転換」実現を目標としている。

日本再生戦略は広汎な意味において鑑定評価や地価公示に大きく影響するものであるが、同時に直接的にも大きな方向転換を示していると考えられるのである。 なお、再生戦略は政権末期の国家戦略室が打ち出した政策であり、近く予想される解散総選挙後においては雲散霧消すると楽観する鑑定士も多いであろうが、そのような見方は斯界の将来を見誤るものとなるであろう。 なぜならば、再生戦略は一政党の施策ではなく、霞ヶ関の総意と考えるべきであり、その兆候は既に幾つかの事象に明らかに顕れているからである。 鑑定士協会連合会は、再生戦略に示される「住宅及び商業用不動産に関わる不動産価格指数」の運用開始に対応する戦略の構築が喫緊の課題となっているのである。

一、日本再生戦略に示される地価公示関連事項
再生戦略 91頁(PDF通算97頁)の「(1)Ⅲ 新たな資金循環による金融資本市場の活性化」には、不動産価格指数(住宅)試験運用開始(2012年度実施)、同(商業用不動産)の開発検討開始(2012年度中)及び2015年度運用開始が明記されている。 この件は「(2)Ⅲ 持続可能で活力ある国土・地域の形成~ 国土・地域活力戦略~」(120頁)にも記載されている。

この頁は「(2)不動産流通市場の活性化:不動産流通システム改革の実施」がテーマであり、中古住宅流通・リフォーム市場の環境整備が鑑定評価需要をもたらすと期待する向きも存在しているが、そこで示されているのは、「市場流通時の物件情報の充実・改善、不動産に係る情報ストックの整備及び建物評価手法の見直しに向けた対応強化等」であり、新たな物件情報提供の運用開始、価格査定マニュアル等の改訂であり、不動産事業者のコンサルティング機能の向上等であることに留意しておかねばならない。

さて、「不動産価格指数」とは、いったい何者であるのかといえば、国交省土地情報ライブラリーでは次のように説明している。
『不動産価格の動向を把握するため、国際的に共通のルールに則った指標の作成を目的として、Eurostatを中心として多数の国際機関が協力しながら、住宅価格指数に関するハンドブック(以下「国際ハンドブック」という。)が取りまとまったところです。我が国においても、国際ハンドブックに対応しつつ不動産価格の動向を把握するための指標を整備することが求められています。

このため、国土交通省では、我が国におけるユーザーのニーズを踏まえ、マクロ経済政策の的確な運営の基礎となる不動産価格の動向指標を整備するため、 国際動向を把握するとともに、指標の算定方法、指標作成のための原データなどについて検討することを目的として「不動産価格の動向指標の整備に関する研究会」を開催し、議論を行っています。』

この研究会の、平成23年度 第2回研究会(平成24年2月27日)に配布された説明資料では、不動産価格指数(住宅)の試験運用ならびに、不動産価格指数の概要を説明している。
さらに、試験運用の体制及びスケジュールについても開示されている。 この62頁には不動産鑑定士による現地調査(いわゆる新スキーム)も記述されているが、試験施行を具体的に行った事業者筋(N総研)から漏れてくる情報によれば、調査に関わる鑑定士側の不満は大きく、調査の杜撰さも見逃せないことを考量すれば、調査を受託する機関は鑑定士協会連合会(地価公示受託会員)に限らないとの話も聞こえてくるのである。即ち、不動産価格指数との関連で取引価格情報提供制度が変化すれば、地価公示も自ずと変わらざるを得ないのである。  (注)同研究会には鑑定協会理事も参画しているから、執行部は情報を共有しているものであろう。

二、地価公示と不動産価格指数
不動産価格指数(住宅)とは「全国の住宅(住宅地及び区分所有建物)に関して 、国土交通省が実施する「不動産の取引価格情報提供制度」により蓄積されたデータ(以下、取引事例データと表記)を活用し、個別物件の品質を調整して推計した指数と説明されている。 すなわち、いわゆる新スキームデータを基礎とする不動産インデックスの構築なのである。

現在まで、日本における最も信頼がおける公的不動産価格インデックスは地価公示価格変動指数であったが、地価公示価格は更地価格推移を示すものであり、不動産市場が土地価格市場から複合不動産市場(建物及び敷地)へと大きく転換した現在では、市場の実態を的確に示すものとは云えない状況になっている。 このことは相続税路線価も固定資産税路線価も同様なのである。

地価公示価格は「取引市場の指標」たる位置を目指して創設された制度であるが、その実態は公共事業用地取得の指標として長く存在していたのである。 然るに、土地基本法(1989.12.22公布)の制定以来、公的土地評価の一元化や、地価の動向等に関し、調査を実施し、資料を収集する等必要な措置を講じられてきたことにより、課税評価の指標へと変貌してきたのである。 同時に複合不動産市場の実態を的確に示しているかについて、疑問が投げかけられてきたのである。 そこで市場の実態を的確にかつ迅速に(即時的に)示す指標として「取引動向データを基礎とする分析の結果、得られる不動産価格指数」が浮上してきたのである。

概括すれば、年に一回実施される(地価調査を合わせれば年二回)地価公示に由来する価格動向指数なるものは、土地価格指数(地価指数)であり、業務過程から必然的に鑑定士のバイアスが掛けられた指数なのであり、国際的に共通のルールに則った不動産指標とは云えないものとなっているのである。 いわば、「地価公示スキームによる取引価格情報提供制度」から、「取引価格情報提供制度スキームにおける地価公示制度」へと大きく変貌しつつある。

三、地価公示公開レビューと地価公示の将来
以上の推論は茫猿(森島)が独断する推論ではないのであり、記憶に新しい 行政事業レビュー「公開プロセス」:地価公示に示された、外部有識者と所管庁担当者との応答を些細に読めば理解できることである。 何よりも、そこに登場した外部有識者とは所管庁が指名する有識者であり、事前レクチャーを重ねた「公開レビュー」、つまり出来レースと称しても構わないものなのであり、公開レビューは所管庁の意向を示すものと読むべきなのである。
同時に相続税路線価評価に関わる平成 24 年度予算執行調査の調査結果の概要(平成 24 年7月3日:財務省発表)を読んでも、同様の結論が導き出せるのである。  地価公示が社会のニーズに応えていないとは、つとに言われてきたことであるが、ようやくにその将来方向が霞ヶ関から示されつつあると云えるのである。

四、不動産鑑定士協会連合会のとるべき戦略
『鄙からの発信』は地価公示について、その歴史的使命は終えつつあると指摘してきた。 同時に地価公示スキームによる取引価格調査(いわゆる新スキーム)について、新スキームという得たいのしれない名称から早く別れて、実態を正しく現す名称を使い名実共に鑑定評価の基盤を構成する事業として位置付けるべきであると提唱してきた。 それが不動産センサス制度創設という提案なのであり、先頃まとめられた「新スキーム一次改善案」などではないのである。

連合会が新スキーム改善案という羊頭狗肉に終始し、現状を糊塗する弥縫策に右往左往している状況ではないのである。 残念ながら連合会は、事例資料の管理閲覧について既得権なるものを主張する人たちに主導され、誤った業界業益擁護しか念頭にないようである。 粗悪な鑑定評価を排除するために事例資料の閲覧管理を強化し、情報の閉鎖的管理を目指そうとする人たちの考えを直ちに否定することは情に於いて忍びがたいものがある。 しかし、情報の開示と共有は時代の趨勢なのであり、連合会が情報の管理強化や自らの優先的利用権益に拘っているならば、「事例調査委託対象」からも排除されるであろう。 ゼンリンやリクルートの方が、迅速かつ丁寧という声さえ聞こえてくるのである。 何よりも取引価格情報提供制度の目的や不動産価格指数の基礎資料としては、鑑定士の中途半端なバイアスは邪魔なのであり、地理情報システムの活用や調査マニュアルの強化を行えば、所期の目的は達成可能なのが実態である。

昨年初めの新スキーム改善の示唆はその端緒であり、地価公示公開レビューを経て、日本再生戦略に示された霞ヶ関の意図する方向は、不動産鑑定士連合会が向かおうとする方向とは大きく異なりつつある。 連合会は既往のシステムや事業に見切りをつけ、真に社会のニーズに応えるに足りる不動産インデックス、不動産センサスの構築戦略を打ち立てるべきである。 今やToo Late だと言う方もいるであろうが、最善の戦略樹立には遅きに過ぎるかもしれないが、次善の戦略を構築するに遅いということはなかろうと考えるのである。

びわ湖会議はそのスタートに為り得ると考えていたが、枝葉末節に今も拘泥する鑑定士が少なくないことから、スタートしたとは言い難いけれど、問題点の存在に気付く機会とは為り得たと考えている。 であればこそ、日本再生戦略と不動産価格指数制度創設に正面から向き合う鑑定士連合会の独自戦略構築が、喫緊の課題として求められるのである。
この記事を読まれた鑑定士は、併せて「RE-ABC §3(びわ湖の蝶)」記事や「不動産鑑定士のあり方」記事もお読み頂きたいのである。

今や戦略無き連合会執行部に多くは期待できないし、局所的かつ幻の既得権益に拘る会員に斯界の将来を委ねるわけにはゆかないのである。 鑑定士一人ひとりが自らの知能を駆使して、自らの将来を真剣に考えなければならない時である。 本稿は公表された資料から、茫猿(森島)が推論するものである。茫猿の推論が愚かで誤っているものか、否かは、それほど遠くない時期に明らかになるであろう。 願わくば杞憂に終ることを、茫猿は願っているが、総ての公表資料が示す方向は「地価公示スキームによる取引価格調査」から「不動産の取引価格情報提供制度スキームにおける地価公示及び公的土地評価」へと変貌しつつあると考えている。

併せて、取引価格情報提供制度だけが不動産市場における取引データではないことにも留意しておきたい。 歴史と実績を有し事業主体の力も大きい「レインズ」や、「SUUMO」に代表されるウエブ情報も有力な基礎データ(マスデータ)として存在しているのである。 それらを幅広く柔軟に連繋する「不動産インデックス」や「不動産センサス」の構築(提唱)が必須であろうと考えるのであり、それらデータのハブに位置することこそが鑑定士ならびに不動産鑑定士連合会の果たし得る役割であろうと考えている。

 

 

 

 

 

 

 

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