鑑定評価のパラダイム転換

いよいよ不動産鑑定評価のパラダイム《既存の枠組、支配的規範》転換が始まったように思われる。 『鄙からの発信』はサイト創設当初から、不動産鑑定評価のパラダイム転換を図れと主張してきました。 特に、いわゆる新スキーム制度創設以来は、ことあるごとに、この制度が鑑定業界にパラダイム転換を求めるものであろうと発信してきました。 しかし、それは茫猿の遠吠えであり蟷螂の斧に過ぎませんでした。 でも2014年度には国交省主導によるパラダイム転換がいよいよ始まりそうである。

パラダイム転換は今に始まったことではなく、ことは新スキーム制度創設当初にさかのぼる。 新スキームとは鑑定業界内における呼称であり、鑑定評価の基礎資料である取引事例の収集に関わる新しいスキームを指している。 この新スキームなるものは、国交省が実施している取引価格情報提供制度における調査業務等の一部に鑑定士が関与することにより、地価公示等に必要な取引価格情報の提供を受けるという鑑定業界特有のスキーム《枠組》を意味する。

国交省が不動産の取引価格情報提供制度を創設するに際して《2006年4月》、A案、B案、C案の三案を検討したことは、今や忘れられている。 国交省は様々な事情からB案を採用して現在に至っているが、当初からA案が《隠然たる》実施目標であり、なにより当時の鑑定協会執行部はパブリックコメント募集に際して、A案が望ましいと意見具申しているのである。

A案:個別物件の取引情報《所在地、取引時点、数量、価格等》をWeb提供する。
B案:物件の詳しい情報をはずしてWeb提供する。《現況の提供スタイル》
C案:価格帯毎の件数情報提供。
不動産取引価格情報の提供制度の創設について

国交省は価格情報提供制度の発足後は、「不動産流通市場における情報整備のあり方研究会」を発足させて研究を重ねてきており、「不動産に係わる情報ストックの整備について」と題する報告資料を2012年8月には公開しているのである。 そして同年9月には中間とりまとめを公開している。

それらの経緯や国交省の組織改編を経て、最近の報道によれば国交省は2014年度には「登記、取引情報を集約する新不動産情報システム」の試行を開始するということである。この情報システムでは登記情報やレインズの取引履歴、マンションの管理状況など不動産取引に必要な情報が一本化されるということである。 異動通知を含む登記情報とレインズの取引履歴の連結、そして当然のこととして《国交省が所管する》価格情報提供制度との一元連結化あるいは一体化は、鑑定評価パラダイムに何をもたらすであろうか。

鑑定評価はその制度創設以来、不動産市場の不透明さを背景として取引事例の収集に力を大きく割いてきたし、収集した事例を鑑定業界内のみに閉鎖することにより、鑑定評価の需要喚起にも大きく寄与させてきたのである。 取引価格情報提供制度が施行されて数年が経過するとはいえ、所在地番や取引数量その他の詳細情報は非開示のままに推移しているのが現状である。

2014年度に新不動産情報システムが試行され、2015年度以降にさらに充実を加えていったとしても、直ちにA案が実現することにはならないであろう。 しかし、レインズ情報と登記情報の一本化はそれに留まらず、SUUMOAtHomeなどをはじめとする多くのWEB不動産情報との事実上の連結化《mash up》も進んでゆくであろうし、それはもはや止められないことである。 不動産取引情報が今以上に開示が進んでゆくであろう不動産市場を前にして、鑑定業界は如何なる手だてを考えているのであろうか。 滔々と進んでゆくネット化不動産市場を前にして、鑑定業界は何を考え、何を模索しようとしているのであろうか。 とても残念なことであるが、鑑定業界は「不動産流通市場における情報整備のあり方研究会」に、委員として誰も送り込んでいないのである。

「不動産流通市場における情報整備のあり方研究会」中間とりまとめ《2012年9月》は、その末尾をこのように結んでいる。

 本研究会は、不動産流通市場活性化フォーラム提言を踏まえ、不動産流通市場における情報整備のあり方についての議論・ヒアリング等を行ってきたが、不動産に係る情報ストックの一元的整備及びレインズ機能の充実の必要性について、問題意識の共有、課題の整理、一定の方向性のとりまとめを行った。
今後、情報ストック整備の具体的なシステムに関する検討は、平成 25 年度において予算措置を講じて、専門的見地からの調査・研究を行い、システムの基本的な構想を策定するべきである。また、レインズの運用のあり方についても、国、レインズ、流通関係団体等の実務に精通する関係者により引き続いて検討・調整を進めることが必要である。今後も、本研究会で整理した課題に関する具体的な検討が進められることが望まれる。
最後に、本中間とりまとめの位置づけは、あくまでも現段階における、不動産に係る情報ストック整備とレインズ機能の充実についての課題を整理し、その方向性について一定のとりまとめを行ったものとする。今後も、不動産流通市場の活性化、市場規模の拡大を目指し、事業者及び消費者(売り主・買い主)双方の利益の実現に向けて、不動産流通市場における情報整備のあり方に関する意見交換、調査等を必要に応じて継続していくこととする。

『鄙からの発信』は2006年5月に「IT化の光と影」と題する記事を掲載し、次のように述べているのである。

 IT化がもたらすもの、土地総合情報システムがもたらすもの、そこには光と影の両面があるのだが、じつはある者にとっては光である事象が他者にとっては影となるのであり、その逆もある。ある者と他者という関係は業界内でも成り立つし、業界と業界外とい関係でも成り立つのである。
土地総合情報システムは、不動産取引価格情報の質と量の両面においてさらに充実してゆくだろう。それほど遠くない時期に「不動産取引価格情報の提供制度創設で企画されたA案」により近づいてゆくと考えるのが当然だろうし、社会の要請はその方向にあるのだと考える。

『情報を持っていることじたいがカネだと思っている人には理解しがたいのだろうけれど、閲覧でお金を取るからビジネスシーズが潰れてしまうのだ。そうすると、世間のいろんな人はGoogle Mapsとかとmash upしていろんなサービスを作ると思う。』、これがポイントである。Web進化論なのでもある。 業界内人として「閲覧で金を取る行為」を弁護しておくと、投下費用の回収行為という側面があるのだが、本質的に業務の必要上集めた資料のいわば残滓であるのだから、これだけの理由では少し弱いかなとも思う。 何よりもそのようなチマチマしたことに囚われていると、メガトレンドに呑み込まれてしまうだろうと思うのである。

長く閉鎖的であった不動産市場であるが、不動産取引情報がネット化し開示されてゆく状況のなかで、地価公示由来事例資料という限られたものであり、情報価値としても不十分な情報にその基盤を預けている不動産鑑定士は、何処へ向かおうとしているのであろうか。

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