風は薫るに

雨上がりの今朝、陽の光は初夏を思わせ、新緑をまとう木々は眩しいほどに輝いている。 時は心弾む春のま中にいたり、木のまをわたる風は薫る。 木々の根方には風が散らした楠や杉の冬葉を積み重ねている。 そこにも移ろい来たり去る季節を思わされるのである。

鄙里は若葉の浅緑に包まれているのである。紅く見えるのは左上がナンキンハゼ、左下は紅スオウ、中央はハナミズキ、右下は咲き始めたヒラドツツジである。140423sinryok-a画面の下部中央には牡丹の花が小さく見えている。140423botan風に揺れる若青葉を眺めながら、ふと気になることがある。 業界を引退してはや五年、今やどうでもよいことであるけれど、近く予定される不動産鑑定評価基準改定の方向が気に懸かるのである。 パブリックコメントの募集が終了した改定基準案は、不動産の金融商品化や国際化を反映して時流に寄り添う経済価値視点に傾きを増していないかと気になるのである。

改正案概要が示す三項、(a)不動産市場の国際化の進展、(b)ストック型社会の進展、(c)証券化対象不動産の多様化へ対応のうち、ストック型社会の進展に対応するものとして中古住宅流通促進に向けた新たな評価ニーズへの対応は理解できるものである。 しかし、a項とc項なかでもc項への対応は過剰もしくは偏重を感じるのである。

国際化への対応としてはIVS(国際評価基準)との整合性向上、スコープ・オブ・ワークの概念導入などがあり、証券化への対応としては (1)定める要件を満たす場合には未竣工建物等鑑定評価を行うことができる。 (2)証券化対象不動産評価に関して特定価格の拡充。などがあげられる。 いずれも今や部外者となった者が言揚げすることでもなかろうが、それにしても気になることである。  《※スコープ・オブ・ワークとは、調査の範囲等について、依頼者との合意で定めて、これを前提として「市場価値」を求める作業をいう。》

不動産鑑定評価は不動産の経済価値《市場における交換価値》を貨幣額で表示する一連の作業を云うものであるから、不動産の経済価値判定を抜きにしてはあり得ないものである。 しかし、不動産というものは金融商品という存在だけにその価値を認められるものではない。

不動産鑑定評価基準はその第一章第一節において次のように述べている。
「不動産は、通常、土地とその定着物をいう。土地はその持つ有用性の故にすべての国民の生活と活動とに欠くことのできない基盤である。そして、この土地を我々人間が各般の目的のためにどのように利用しているかという土地と人間との関係は、【不動産のあり方】、すなわち、不動産がどのように構成され、どのように貢献しているかということに具体的に現れる。」

1969年基準では、この文章に続いて次のように述べている。
「個人の幸福も、社会の成長、発展及び福祉も、この【不動産のあり方】がどのようであるかということに、依存しているといえる。」

今は削除されたこの文節を別の表現に替えれば、「不動産の価格は重要な選択指標の一つとしてこの社会における不動産のあり方を規定し、そこで規定された不動産のあり方いかんが、われわれの生活の基盤としてその幸福を左右するものである。 その意味において、鑑定評価の社会的公共的意義は大きなものがある。」といえる。

鑑定評価はすなわち、不動産の経済的価値なかんずく金融商品価値追求に偏重されるものではなく、人間の生存と活動の基盤である不動産について、その社会的存在並びに価値もまた大いに検討されなければならないのである。 これもまた、蔓延する経済合理性優先主義が招いたことなのであろうか。 それにしても経済価値と云うよりも市場における交換価値を追求するに忙しいあまりに、不動産にかかわる社会のあり方も含めて、不動産の社会的価値《意義》というものを見失ってはならないと考えるのであるが、如何なものであろうか。

この社会における不動産のあり方というものは、社会の構成員であるひとりひとりが不動産のあり方、すなわち住宅《持ち家および賃貸住宅》について、商業施設について、工業施設について、その態様、構成はどのような姿が望ましいかと考えることから始まるのである。 またそれは宅地についてだけでなく、農地について、林地について、この社会における適切なあり方を考えることでもある。 当然のことながら道路や河川や学校などについても、その構成や将来展望を考えてゆかねばならない。 そのような社会的視点というもの、あるいは社会のあり方についての根源的な姿勢というものを欠いたままで、不動産の経済価値を追い求めてゆくことは、鑑定評価を時流に合わせて需要に対応してゆくだけのものへと矮小化してしまうのではないかと、秘かに畏れるのである。

 

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