忌中葉書の届く時候

この時季、ポツリポツリと「忌中につき、年賀遠慮」を報せるハガキが届けられる。今年も身近な親しい方との別れをされた方が、賀状交換する縁者のなかに何人かいる。それらの方々の心中を慮っている時に、「恐山あれこれ日記」のなかに腑にストンと落ちる記事を見つけた。

南直哉師らしいと云うか、出家僧侶であり下北半島恐山院代である曹洞宗禅僧らしい一文だと納得するのである。

南直哉師はこう述べる。
『ある人物が亡くなって、その身体が目の前から消えても、関係性は消えません。生きていようが死んでいようが、「親」は「親」です。 あなたの父上はまだ「死者」として立ち上がっていません。「死者」が立ち上がり、その「死者」と新しい関係を結ぶことこそが「弔い」の意味です。だから、「弔い」は長く続く。時間がかかって当たり前です。』

そして、こう続ける。
『いずれにしろ、この「弔い」には時間と手間と根気がいるものです。すぐに「立ち直る」必要はまったくありません。「クヨクヨ」しながら、時に涙ぐみながら、それなりの時間を過ごすべきです。あんまり早く立ち直ったら、故人もがっかりするかも。』

そして、こう結ぶ。
『いつか、必ず、「もしお母さんなら、こういうとき何て言うだろう。お父さんなら、どうするだろう」と思う時が来ます。これは「死者」からの呼びかけです。「死者」が立ち上がり、「死者」との新しい関係が紡がれ始めたのです。

故人を思い出す以上の供養はありません。お墓参りもその一つですし、恐山に来て下さるのもよいかもしれません。しかし何よりも、自分の感情を決して否定せず、変に手を加えず、そのままに抱いて日々を生きる。今はそれをなすべき時なのだと、私は思います。』

死者が弔いを経て立ち上がり、死者と生者が新しい関係を結ぶまでの時間を、玄侑宗久師は『あわい:間』と云う。論理と矛盾の「汽水域」=「あわい」にこそ人間の本質があると玄侑宗久師は考えるのである。《玄侑宗久:臨済宗僧侶、福島県三春町福聚寺住職、芥川賞小説家

父母が亡くなって七年が過ぎ、博一や弘がいなくなって数年が過ぎたこの頃、彼らの語りかけがふと浮かぶことがある。父は何も言わない。黙って見ているだけである。母は「身体に気をつけやーよ。お茶を飲まなあかん、味噌汁を飲みなさい。」と言う。博一は「おう、久しぶり。ドナイシトッタ」と笑いかける。弘は「ヤットカメヤナー、元気か」と微笑む。それもこれも「あわい」の時が過ぎ、死者と生者の新しい関係が始まったのであろうと思われる。

《いよいよ十二月、あと二週間もすれば、高知路面電車を訪ね、2018賀状の画材を探す師走の旅に出かける。》

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