第二次新スキーム改善 §Ⅰ

第二次新スキーム改善 §Ⅰ 《寂しき呟き》
昨日(2012.09.26)、随分と久しぶりに新スキーム改善特別委員会開催予告が届きました。来月下旬に開催予定という案内です。 この夏頃からの様々な動向が伝わっていましたが、どうやら何某かの結論が出たようです。その仕上げとしての特別委員会開催なのでしょう。 委員会開催はさあることとして、最近のSNS(Social Networking Service)での少なからぬ方の御意見を伺うときに一抹の寂しさを感じています。 芳しくない話も聞こえてきますし、いまさらの茫猿の愚痴なのでしょうから、記事にするのは如何なものかと躊躇いましたが、それも遠吠えなのであろうと思い記事とします。

《SNSにおける幾つかの呟き》

(その1) 公的評価のあり方への批判にとどまらず、事例データの優先利用が危うくなっていることから、協会執行部は対策を講じていますが、その対策には各士協会から大きな批判が予想されている。

(その2) 長らく平穏に継続してきた事例利活用のあり方を、今さらに不適切と云われても、承服できない。

(その3) 士協会財政に大きな影響を与える改変が行われるのであれば、それは反対せざるを得ません。 反対することで改変が停滞しているあいだに、次善の方策を探ればよかろう。

(その4) 国のスキームに頼らない、斯界独自の事例データ収集策を開始すべきである。

(その5) 新スキームは鑑定士が多額の調査費用を負担し、役務を無償提供して行われるものである。その負担があればこそ、改善策への反発も大きいのである。 もしも第三者に調査業務を委託するとして、その調査費用や報酬はどのように捻出するのか注目したい。

《茫猿の意見》
一、40年間続いた事例収集《40年間の無作為》
原始データの掘り起こしから公示事例を作成するまでの総てを鑑定士が関与することの代償として、公示等事例を一般鑑定に流用することが、黙認されてきたのです。 これは法的に担保されない砂糖細工のスキームだという指摘は常に為されてきました。

二、個保法と新スキーム《7年間の無作為》
個人情報保護法の施行と新スキーム事例調査の実施は、三次データまでの成果は国に帰属するものとなり、三次データを利用する不動産価格指数制度創設は三次データの国帰属を確定させました。 必然的に派生データとしての四次データ(公示等事例)の一般鑑定利用は厳しく制約されるものとなったということです。

三、どうすれば?《一年半の無作為》
先ずは、全ての事例データの利用に関して、個保法ガイドラインに完全準拠することが求められましょう。 次いで、一般鑑定(営業行為)に利活用する大義名分が求められますが、この大義を描くことがとても難しいことです。 三次四次事例データの利活用に際して、安全性と透明性が十全に担保されなければ、事例調査主体が鑑定士や鑑定協会から第三者に移行することも有り得ると想定すべきでしょう。  よく指摘されていることは、三次データ調査の不十分さや不適切さです。 これを糺さなければ、やはり第三者への移行移管も有り得ると考えておくべきでしょう。

四、理解したいこと二点
一つは、士協会の業益確保の行動は連合会の改革を遅らせます。 局所最適、全体不適ということです。 さらに申せば、改革のこれ以上の遅れは、調査主体を第三者に移管しようとする動きを加速させかねません。

もう一つ、新スキーム調査費用の負担についての疑問が呈されていますが、新スキームとは公示スキームによる事例調査です。 即ち、アンケート郵送費と調査役務の提供は地価公示スキームによるものであり、国は無償とは考えていません。 (妥当な対価であるか否かはともかくとして)
逆に云えば、三次データを提供するから、その対価は地価公示報酬から控除するという理屈も有り得ます。 私が大義名分と云うのは、それらを含めた大義名分(理論武装)が必要であろうということです。 しかも、その大前提は安全性と透明性の担保であり、情報開示であるということでしょう。

五、情報整備のあり方:中間報告について
昨春以来の一連の流れを象徴するものとして、国交省:土・水局が、土建局に組織変更されたことが挙げられると考えます。 その土建局不動産業課が09/07に公表する「情報整備のあり方:中間報告」を読みますと、国交省土建局の考え方が透けて見えてきます。

中間報告に読みとるべきポイントの一つは、「既存のデータソースとの連携による中核機能(ハブ)として、情報保有について権限と責任を有する各情報保有機関との連携により情報整備を行う」であり、もう一つは「各種情報を収集・整備・管理・提供する主体には、効率的かつ安定的な業務執行が可能な体制及び情報セキュリティの確保等が求められる。」及び「収集・整備した情報ストックについて、どのように事業者間で共有するのか、あるいは、具体的にどこまで消費者に提供するのか等を考えるに当たっては、個人情報保護法への的確な対応が必要であり」であろうと考えます。

この二点に的確に対応する改善策を、鑑定士協会連合会執行部が打ち出せるか否かが、ことの帰趨を左右するものであろうと考えるのです。 それは、連合会は公益社団法人の本来あるべき姿として、この問題に対処すべきであり、業益などを考えてはならないということです。

具体的に云えば、資料利活用の実態として、士協会内外格差を設けてはならないということであり、閲覧料格差などは論外であるということです。 同時に個人情報保護法ガイドラインに記載される安全管理担保措置を細大漏らさず実施することであろうと考えます。 つまり安全性担保と透明性確保を本旨どおりに速やかに実施することです。 この点について付け加えるとすれば、事例調査にあたる鑑定士の負担と専ら事例を利用するのみの鑑定士の利益との衡平を、如何にして図るのかという内部調整の問題が指摘できます。 透明性確保と同時に連合会内部における会員間の衡平性担保という課題です。 この問題は両者が虚心に話し合えば解決の道が開けるであろうし、所管庁の理解も得られるであろうと考えられます。

さらに云えば、一部とはいえ批判の多い不適切な調査業務実施者について適切な指導を行うことにより悉皆調査の実を最大化することであり、不動産流通市場における「情報の非対称性」を克服するための方策に資する改善策でありたいし、地理情報の活用をはじめとしてより一層の情報の充実に資する改善策でなければならないと考えます。

六、こんな話を聞きました。噂話:未確認情報ですが、信憑性は結構高いと考えています。
※不動産価格指数の導入に際しての三次データの補充調査等を行いましたが、所管課は補充調査をサードパーテイーに委嘱したようです。結果は結構な実績を上げたようです。

※所管庁の某氏が斯界幹部に述べて曰わく。
鑑定評価は営業行為でしょう。 そこで使う取引事例は、公示事例なんかに依存せず民間から仕入れるべきでしょう。購入の方法はあるでしょう。

※同じく所管庁某氏が某斯界幹部に言い放って曰わく。
地価公示由来データを市区町村委託業務である課税評価に提供しなければならない理由なんて存在しない。 課税関連には利用しないという了解も存在したはずだ。

SNSに集う方々は皆、識見高く情報収集能力にも優れた方々です。 その方たちにして、未だ冒頭に挙げたような認識をお持ちであるということを、とても哀しくある種の寂寥感をもって受けとめています。 勿論のこと、それは方々の責のみに負わせるものではなく、連合会がこの一年半のあいだにどのような情報開示を行ったのか、どのような説明責任を果たしたのかが多く問われるべきことであろうと考えます。 協会会報誌、メルマガは云うに及ばず、理事会、士協会長会議、全国代表幹事会、ブロック幹事会等々、様々な機会に適切かつ的確な情報開示と説明責任を果たしてきたのか、否かが問われているのであろうと考えます。

時代錯誤的な「会員は之に由らしむべし。之を知らしむべからず。」といった「易きに偏した」協会運営がもたらしたものでもあろうとも考えます。 丁寧かつ隠さない説明は労多いものであり、いたずらに混乱を招きかねず、益少なきものとお考えなのでしょう。 結果のみを示し所管庁の威を背景に従わせるという方策こそが、労少なく益多しとお考えなのでしょう。 でもァカウンタビリティこそが求められる専門職業家団体の運営指針としては如何なものであろうかと考えるのです。 とはいえ、執行部にして事態の把握が的を外していたとすれば、もはや何をか云わんやということなのでしょう。

(注) 由らしむべし云々を、「民は黙って政治につき従わせておくべきで、いちいち内容を説明すべきものではない」とする通釈がありますが、正しくは「民は之に由らしむべし。之を知らしむべからず。中人以上は以て上を語るべきなり。中人以下には、以て上を語るべからざるなり。」が、この語句の全体であり、民を政道に従わせることはできるが、一人一人にその内容を理解させることは難しい。何故かと云うと、中層以上の人には高尚なことを云っても理解できようが、下層の人には高尚なことは中々理解できないからであると解するのが正しいようです。 それにしても、会員は下に区分されるのであり、同じことなのかもしれませんが。

(最後に惹句です) 「新スキーム改善no方向」と題する記事を準備中です。今は傍証データを集めている最中ですが、取材もほぼ終わりましたから推敲を重ねて、来週前半にはアップできると考えています。 無関心、無気力、無責任を標榜する方々にとっては、驚天動地とも云える内容かもしれません。 人生には降り坂、登り坂、そして魔坂があると申しますが、マサカの始まりかもしれません。 noは変換ミスや校正ミスではありません。 「の」と「NO」を兼ねています。
本記事当初の表題は「寂しき愚痴」だったが、その後に関連記事を何本か書く予定だから、連載を示す「第二次新スキーム改善 §Ⅰ《寂しき呟き》」と改題する。

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