親父の思い お袋の思い

お袋が亡くなったのが2010.05.08、親父はその半年後2010.12.02に跡を追うように亡くなった。今頃になって、妻の病床を見守る親父と対話をしている。対話といっても、私が知る我が脳内の脳内仮想親父と私茫猿との対話である。だから対話というよりも、当時の出来事を振り返りながらの自己確認である。

それもこれも養老孟司著「遺言」を読んだせいであろう。養老氏は感覚所与と意識の相克を話題にするが、親父との脳内擬似対話も10年前の感覚所与と10年後の意識の相克なのか確認なのかと問い直している。

さて、ことはお袋の亡くなる数日前の出来事と、亡くなってからの親父との会話に戻る。当時の介助日記『母の旅支度』より抜粋する。

(2010.05.01) 長男夫婦は買い物に出かけたので、母にお茶を飲ませると喘いで、「飲まなければ良かった。」と言う。 二日ぶりにトイレ介護をする。ベッドに抱え上げると節々が痛むのか「イタイ」と言う。改めて眺めれば骨を抱き上げているように痩せている。

痩せた手、足、胸を見れば、とても可哀相で《もう、頑張らなくてもいい。早く楽になりたいだろうな》と思う。肺ガンの告知以来一年間、うろたえた様子を特に見せることもなく、淡々と日々を変わりなく過ごし、良く、とても良く頑張ったと思う。もう楽にさせてあげたいと思う。

携帯トイレの掃除の後で、しばらく、母の横に居ようと思うが、母に涙を見せそうで怖い。部屋を覗くと親爺殿が母の寝ているベッドの横においてある椅子の上で居眠りをしている。邪魔しないように、トイレ掃除は後回しにする。

(2010.05.04) 介助されて用を済ませた後、「こんな身体になっても、なんでお迎えが来ないのだろうね。」と言うから、「亜希子がまだ迎えに来たくないのだろうよ。もう少し孫たちに面倒見させてやりなさい。」と答えると、かすかに泣いていた。「もう死にたい、死なせて欲しい。」とも言うから、「勝手に死なせるわけにもゆかない。」と答える。この辺りは虚実とり混ぜてブラックジョークの世界でもある。

(2010.05.06) 昼過ぎに、所在なく茶の間にいる親爺殿に自分の部屋で横になるように言えば、大丈夫だと強がりを言う。 いずれ慌ただしくなると、あなたを構えなくなるからと言えば、「お前は死ぬことばかりを言うが、俺はどうやったらあれを長く生かせられるか、それしか考えていない。」という。《母の旅支度・抜粋終了》

そんな母や父との会話にならない会話の二日後(2010/05/08)に母は亡くなった。母が亡くなってからしばらくして(2010/05/19)、父とこんな会話を交わした。 母が肺ガンの告知を一年前に受けていたことを話したら「俺は何も知らなかった。」という。 母自身も余分な心配をさせることを気づかったのだろうし、何よりも親爺に話してみてもどうなることでもないし、必要以上に騒ぎ立てられるのも嫌だったのだろうと、母の心情を思いやる。

それにしても普通なら夫に愚痴や不安を言い立てるものだし、我が儘も言うのだろうにと、母が少し不憫になってくる。「母さんの病状について何も聞いていなかったの?」「俺は何も聞いていない。」

(2010/11/30)母亡き後は、百歳を目標にして生きてきた親爺だが、ひょっとするとこの冬が越せないかもしれない。 せめて母と同じように、自宅で安らかな最後を迎えさせてやりたい。

昨夜、あれこれと筆談をした時に、「病院は嫌だ。家に居たい。」、「家で死にたい。」と言った。 既に言葉がはっきりしないから、正しくそう言ったのかは判らない。「もう死にたい。」と言ったようにも聞こえたが、「まだまだ、一人で大丈夫だ。頑張る。」とも言ったから、家で死にたいと言ったのが正しいのだろう。(2010/12/02父死す。母逝きて後より抜粋)

今にして、母とも父とも正面から向き合った会話をしなかったことが悔やまれる。母には「長いあいだご苦労さん、あれもこれも色々と有難うございました。お父さんのことは心配なく、しっかり面倒を見ますから安心して下さい。」これくらいは伝えたかった。

父には「母さんは肺がんの末期症状で、もう長くはありません。安らかに逝かせてあげて下さい。」と、母の生前にきっちりと伝えておくべきだったと、今更に思える。共に耳が不自由になっていたから、会話にならない会話を繰り返していた2009年秋から2010年春の父と母である。二人と正面から対話し、互いの状態を正しく伝えてあげるべきではなかったかと今更に思えるのである。

今日の鄙桜(山桜)は開花秒読み、染井吉野は咲き初めである。
 

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